プロを訪ねて三千里【第20回】北野宏明氏
ロボットとAI技術の今とこれから【後編】

金融の世界にも人工知能(AI)の自動運用するファンドなどが登場しています。
後編では、ソニーコンピュータサイエンス研究所社長の北野宏明さんに、普及の可能性などを聞きました。

前編はこちらです

AIの自動運用、乱高下時の対応は難しい

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  • 尾河AIが金融の世界にもどんどん浸透し、「ロボアドバイザー」などが出てきました。為替の予測をするAIも登場していますが、予測が外れることもあります。データを食べれば食べるほど今後、精度は上がっていくのでしょうか。
  • 北野

    金融の世界へのAIの応用は、かなり幅広い可能性がありますが、為替予測など相場の予測をするAIもその応用の一つだと思います。例えば、マーケットデータに基づいて相場予測を行う場合には、ヒストリカルのデータに基づいて予測するので、環境や所与の条件が変わらなければ精度が上がるかもしれません。しかし、過去のデータで推定できる範囲を超える変動が起きると予測精度は、著しく悪くなると思います。

    もちろん、新しい状態になって時間が経過すれば、そちらのデータが増えてくるため精度が急速に向上します。問題なのは、市場の状況が大きく変化する、いわゆるレジームチェンジの予測やそれがどこに向かうのかの予測ができるかです。単純に機械学習で、これを行おうとすれば、過去のレジームチェンジの時のデータを大量に集める必要があります。さらに、当然、規制の変化があるので、それも考えた上で有効な過去のデータを実際に利用することになります。

    レジームチェンジ自体は、これまでも一定の割合で発生していると思います。しかし、毎回その背景は違いますし、大きなクラッシュが発生するとその後、規制の変化が伴います。そうなると、機械学習に使えるデータがどのくらいあるかです。

  • 尾河精度が向上するのは、所与の条件が同じで、環境もある程度似ていることが前提だと…。
  • 北野そうは思いますが、その条件だと人間でもできてしまう可能性があります。繰り返しになりますが、人間でも対応できるときに、設備投資やエンジニアの人件費といった負担を吸収してもAIによる自動運用でペイできるかどうかが問題なんです。条件が大きく変わらないときに、人間よりも精密な予測や最適化することに使うのは、よく分かります。難しいのは、過去に事例が限られているレジームチェンジなどの予測などです。
  • 尾河わかりやすい説明です。「AI」自体があたかも魔法の杖であるかのように誤解されている面があるのですね。
  • 北野AIのエンジニアなどがいろいろとチューニングしながらデータを食わせ、機械学習に基づいた結果がトレーディングのステーションにデータが上がってくる。それに基づいてトレーダーが発注するかもしれないし、AIが自動運用を行うかもしれない。そのくらいだと思います。

アナリストは要らなくなる!?

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  • 尾河環境がガラッと変わってしまうリスクがあるかぎり、百発百中のAIが出てくることはないんですね。
  • 北野ありません。そもそも、いまのAIの技術的背景は、統計的機械学習です。ですので、高い確度で予測することは出来ると思いますが、完全ではないです。また、そういうものが出てくれば、皆が追随する。ゲームセオリー的な騙し合いが始まります。それに伴ってマーケットがダイナミックに変化するので、AIは連続的に学習を継続させなければならなくなる。そのときに精度がどの程度まで上がるかはわかりません。そうした状況はおもしろいと思いますが…。
  • 尾河金融市場には「ゼロサム」の側面があり、勝つ人がいれば負ける人もいます。AI同士の戦いだと、どうなるんでしょうね。
  • 北野AIでも同じようになるでしょう。AIシステムのチューニングによる戦いに、負けるわけにはいかない。他社のAIシステムのトレーディングのパターンを学習し、それに対抗するAIを作るでしょう。他社のトレーディングパターンをリアルタイムでチェックし、それにぶつける形で新たなAIを開発する可能性があります。
    また、今では、投資機会やマーケットアノマリーをファンドマネージャーが探しているのですが、AI化すると、AIシステムが、網羅的にアノマリーを見つけて、すぐに対応策を練ります。さらに、市場を介したN-Playerナッシュ均衡になる可能性もあります。
    こうなると、アクティブ運用はINDEX運用に収束します。
  • 尾河AIがアンノウンのマーケットに対して常に学習を続けていけば、アナリストはいらなくなってしまいますね(笑)。
  • 北野

    さまざまな急落のパターン、マーケットの乱高下局面をひたすらシミュレーションするのでしょう。乱高下に対応するベストなトレーディングのパターンをひたすら学習。それが現実のものになったときには、どのパターンに当てはまるかをできるだけ早く把握し、トレーディングパターンに組み入れていく。

    将来考えられるさまざまなシナリオのシミュレーションをひたすら行い、どうしたら最もいいのか評価をして、それに基づいて機械学習を行う。ここで、できるだけシミュレーションを正確かつ大量に行っているかどうかが、AI学習によるトレーディングシステムの良さを決めることになるかもしれません。

  • 尾河クジラのことなんですが(笑)、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が昨年11月、AIが資産運用に与える影響に関する調査研究の委託先にソニーコンピュータサイエンス研究所を選びました。
  • 北野GPIFは、基本的には運用委託を行っています。つまり、外部のファンドマネージャーを選択して、運用委託をしています。このマネージャーセレクションとその後のモニタリングにAIシステムを使ってどのようなことができるかを考えましょうというのが、GPIFとの契約の趣旨です。
    同時に、AI運用がGPIFや、GPIFからの運用受託先のビジネスモデルにどのようなインパクトがあるかも調査しています。
    このシステムは、運用自体を行うものではなく、GPIFの特殊なニーズに適合されたものになっています。

完全なオープン型でないブロックチェーンから普及

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  • 尾河

    AIからはちょっと外れて、仮想通貨に話題を移します。仮想通貨をめぐっては賛否両論ありますが、個人的にはどちらかといえばポジティブな見方です。8月7日に上梓する「通貨の未来」をテーマにした書籍の内容も、そうした考えに沿ったものです。

    ダメだと決めつけてしまうのはもったいない。人々の嗜好が多様化する中、趣味、嗜好、用途などに応じた通貨の選択肢があってもおかしくないと思っています。法定通貨にとって代わるとまでは考えていませんが…。

  • 北野

    ポイントは2つ。ひとつはブロックチェーンという技術をどう見るのか。もう一つは仮想通貨に実装したとき、社会的な位置づけをどうするか、です。

    ブロックチェーンについては、プライベートブロックチェーンやコンソーシアムブロックチェーンなど、完全なオープン型ではなく、信用を保証する主体がきちんとしているタイプのものが最初に普及するでしょう。例えるとすれば、ソニー銀行のブロックチェーンや、銀行業界のコンソーシアムによるブロックチェーンです。

    オープン型は計算するエネルギー量が膨大です。「計算量の多いことが信頼につながる」との原理に基づいています。中国が(オープン型の一つである)仮想通貨のマイニング大国になっているのは、安価な電力のおかげです。日本でやったら採算が合わない。現在はロシアでもマイニングステーションを作る動きがあります。

    一方、プライベートブロックチェーンやコンソーシアムブロックチェーンなどは、保証する側の信用を入れてしまうのでその分、計算量がかなり少ない。それに伴って、運用コストが下がります。

    スマートコントラクトのようなものができれば、トランザクションが迅速になってコストが低下する。そうしたスマートコントラクトを実装した通貨が普及することは十分に考えられます。

    トレーサブルでない仮想通貨はマネーロンダリングに使われるおそれもあるため今後、かなり厳しい規制がかかるでしょう。これに対して、トレーサブルであるうえ透明性も高く、プライベートやコンソーシアムのブロックチェーンにひも付けられている通貨は広がる可能性があります。

    仮想通貨は現在、投機的な売買が圧倒的。多くは、トレーサブルでもありません。極言すれば、マネーロンダリングと博打の温床になっています。そうなると、規制措置が矢継ぎ早に打ち出されるでしょう。

    主流は信用保証がしっかりしており、トレーサブルでもある通貨になるでしょう。トランザクションの効率性や、スマートコントラクトなどにひも付けられた価値と報酬の配分システム、としてかなり普及すると思います。現在の仮想通貨は、ビットコインも含めて、ボラティリティ(変動率)がきわめて高い。現実の通貨に比較して、流通量が圧倒的に少ないからです。

  • 尾河となると、気を付けながら取り組むことが大事ですね。
  • 北野すべて損失となっても、笑って済ませられる程度の範囲ならば…。

“未来は過去の連続ではない”

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  • 尾河

    個人的には、講演やインタビューなどで「エクストリーム(極端)を目指せ」ということをしきりに強調しています。

  • 北野世の中ではこれからエクストリームな変動が起きるはずです。むこう10年ないし20年は技術的、社会的な変動や地政学的な変動が発生。10年後には、現在とかなり違う様相を見せる可能性があります。エクストリームな変動には、エクストリームでの対応をする必要があると思っています。
  • そのときに大事なのは「イマジネーション」。どのような方策であれば問題を解決できるかをイメージし、実行に移すことが重要。そうしたことを表しています。

    「このぐらいで済むだろう」と思っていても実際には済まないことも多い。なんとなく「収まるだろう」と考えていると、収まらなかったときのインパクトが極めて大きくなる。だから、エクストリームなことを考えておく必要があります。エクストリームな状況に陥らなければ比較的対応しやすいのですが、想定していないところへ到達してしまったら対応できなくなることが多い。

  • 尾河イマジネーションを膨らませることのできる自分でいたほうがいいよ、というメッセージですね。
  • 北野基本、未来は過去の連続では無いということだと思います。
  • 尾河北野さんに言われると納得感があります(笑)。
  • 北野近い将来、日本は財政破綻ともいわれています。
  • 尾河「24年〜27年に財政危機を迎える」とのシミュレーション結果もあります。
  • 北野

    社会保障費と国債発行費が国家予算の大半を占めています。未来の投資に回せる部分はごく一部、大体2割ぐらいしかありません。さらに借金もどんどん増えていく。すると、早晩、ネガティブな領域に達する計算です。

    これだけ国債を発行していれば、実質的には財政ファイナンスの状態。一方、ECB(欧州中央銀行)は金融緩和規模を縮小し、米FRB(連邦準備制度理事会)も相次いで利上げを行うなど金融政策の正常化を進めています。そうなると、日本の国債はどうなるのか。

    金利が上がれば利払いが不可能になってしまう。クリティカルポイントに達するリスクは当然あります。実際にはそうならないかもしれませんが、考えられるシナリオの一つ。そのときにいったいどうしますか、ということなんです。「どうにもできない」という選択肢もありますが(笑)。

  • 尾河未来は過去の連続ではない、というのはつまり、あらゆることを想定してリスクに備えるべきだという意味ですね。
  • 北野リスクに備えて自分のアセットの通貨をどうするのか。カレンシーベースのミックスを考えておくのも大事です。
  • 尾河身を守るための選択肢として通貨分散を考えておくのは必要かもしれませんね。
  • 北野ドル建ての債券ならば、ある程度の格付けで、5%前後の利回りが手に入るものはいくらでもあるでしょう。円建ての商品にはありません。その違いは大きい。
  • 尾河外貨建て商品へ投資するときには為替リスクを伴うとよく言われますが、極端なことが将来起きることを想定し、個人でもコツコツとやっておくことも必要ではないかと思います。
  • 北野これは、未来のシミュレーションを自分でやってみるという作業ですね。それに基づいて投資を行う、でも外れるときもあるので、リスク・マネージメントが重要になります。
  • 尾河そうですね。リスクを取るのでは無く、リスクをマネージすることが投資では大切ですね。今日はありがとうございました。

ライター 松崎 泰弘

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