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プロを訪ねて三千里【第19回】北野宏明氏
ロボットとAI技術の今とこれから【前編】
ロボットや人工知能(AI)の技術がビジネスの世界や日常生活へ急速に浸透しています。
「ロボットに仕事を奪われてしまうのではないか」といった不安の声も少なくありません。
はたしてこれからの社会はどのように変わるのでしょうか。ソニーの初代「アイボ」の開発に携わったメンバーとして、また、ロボットの国際競技大会「ロボカップ」の発起人として知られるソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明社長にお聞きました。
今回は前後編に分けてお届けします。
- 北野宏明(きたの・ひろあき)氏 プロフィール
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ソニーコンピュータサイエンス研究所
代表取締役社長1984年国際基督教大学教養学部理学科(物理学専攻)卒業。1991年京都大学博士号(工学)取得。1993年 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所入社。2011年同代表取締役社長に就任。2001年4月、特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構を設立、会長を務める。ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。2016年6月よりソニー株式会社執行役員コーポレートエグゼクティブに就任。
「ターミネーター」は映画の世界の話し
- 尾河「AI」と言われてもピンとくる人はまだ、多くないと思います。要するに人間の知能に近いものがどんどんできているということでしょうか。
- 北野AIのブレークスルーとなっている根本的な技術はディープラーニング(深層学習)といわれる人工ニューラルネットワークの技術です。さらに、与えられた状況(AIシステムへの入力)においての行動(AIシステムからの出力)を報酬やペナルティーというフィードバックによって最適化するリインフォースメントラーニング(強化学習)という技術があります。これらを、組み合わせた深層強化学習などの技術が基本です。これらは統計的機械学習といわれる技術です。非常に大規模なデータを、ニューラルネットワークに学習させることで、領域によっては人間を超えるぐらいの精度でイメージの分類をしたり予測したりすることが出来ます。有名な例は、囲碁のトップ棋士に勝利した、Google DeepMindのAlphaGoがあります。さらに、ロボットに組み込むことで、今までに無い学習型のロボットを作ることができます。
- 尾河AIといっても、現時点では人間が指示をして使っている。ところが、映画などを見ていると、人間がAIに支配されてしまう場面もあります。現実の世界でも、やがては人工知能が人間の知能を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)に到達するともいわれています。実際にそうした状況は到来するのでしょうか。
- 北野来ないと思ます。
- 尾河来ないのですか?
- 北野映画に出てくるような、人間を支配するAIやロボットは、正直言って、どうやって作ったらいいかわからないのですよ。映画では、よく出てくるので、既に存在していたり、すぐにでも出来るような印象をお持ちの方が多いのですが、実際には、あれを作る技術はないと思います。限定的な局面では、人間を凌駕するようなAIやロボットは作れますが、人間を支配するようなAIとなるとありとあらゆる状況に対応する必要がありますので、これはまだ手がかりすらつかめていない状況だと思います。
- 尾河AIの発達は人間を幸せにするのでしょうか。映画などを見ていると、人間を超えてしまい、逆に人間が使われている。現実の世界でもAIの普及で人間が仕事を失うケースが起きています。それでも、人間は使う側であり続けるのでしょうか。
- 北野あくまでも使う側です。「ターミネーター」や「ブレードランナー」はSFの世界の話しであり、心配する必要はありません。今の技術の延長上にはないので、今の段階で作れと言われてもできないのです。ただ、今の技術でも、悪意を持った人間が、悪用すると相当色々なことができると思うので、その面での注意は必要でしょう。
- 尾河コンピュータが自分で考え、壊れても自分で直していくことはできないのでしょうか。
- 北野
「ターミネーター」にも出てくるような自己修復回路という技術は一部に存在しますが、壊れ方がひどければ、直すのはものすごく難しくなります。また、壊れた部分を交換するという場合には、そのモジュールを取り替えることになるでしょうが、そこで必要なモジュールを調達するのは工場からです。工場でモジュールを作っているのは人間かロボット。でも、工場を運営しているのは現状では人間であり、ロボットではありません。ロボットが、人間を支配するには、ロボットが人間とは独立したサプライチェーンを構築する必要があります。
そもそも、「人間を超える」といっても、たとえば、銀行ではかつて、人が計算の作業を行っていました。その部分が現在では、「コンピュータ」と呼ばれる機械に置き換えられました。コンピュータは人間よりもはるかに正確かつスピードも速い。それでも、銀行がコンピュータに支配されているわけではないのが現状です。
ロボットやAIがさらに普及すれば一時的に仕事を失って、新たな職探しをしなければならない人は当然、出てきます。しかし、そうしたことはこれまでにも起きているのです。銀行の送金業務もしかり。昔はネットワークで行っていなかったはずです。
銀行では勘定系のシステムが登場したことで、人が計算作業に携わることはなくなりました。人間ではまったく太刀打ちできませんから。そして今やコンピュータなくして銀行が業務を行うことなどありえません。
同じように、ロボットやAIに業務を代替させるのが脅威、などということはありません。人間よりもはるかに正確でスピーディーなのは明らかですが、最後に何かがあればチェックし、決定するのは人間です。その仕事は必ず残るはずです。
今、ロボットやAIへの置き換えが進んでいるのは、どちらかといえばルーティンの業務です。中身を見ると、それほど楽しい仕事ではないかもしれません。これからはそうした作業を機械に委ね、人間でなければできない仕事に人を振り分けましょう、となるのではないでしょうか。この再配置がスムーズに行くのかは、大きな課題だと思います。
AIの普及に伴って置き換えの動きが加速されるのは間違いなさそうです。しかし、それが技術革新の歴史です。より広範、急速かつインパクトのある形で置き換えが進んでいるのは確かですが、それはこれまでにも起きています。
- 尾河そのペースは想定していたよりも速いのですか。
- 北野まあまあ、想定通りだと思います。これからさらに加速すると思います。
- 尾河北野さんは「ターミネーター」や「ブレードランナー」を鑑賞するときも、ほかの人と見方が違うのでしょうね(笑)。
- 北野
両者の基となる技術は大きく異なります。「ブレードランナー」はバイオテクノロジーをベースにした人造人間。これに対して、「ターミネーター」はシリコンテクノロジーがベースです。「ターミネーター」のテーマは「アウト・オブ・コントロール」。人間のコントロールを超えた人工物が命令を実行してしまうといったたぐいの話しです。
一方、ブレードランナーのテーマは「自意識」。この作品に登場する人造人間のレプリカントが4年で死ぬのは、4年を超えると経験を積んで「自意識」が芽生えてくるという設定のためです。「自意識」、「自我」、あるいは自分の人生の記憶が何なのかという哲学的なものがベースにあり、その舞台装置としてバイオテクノロジーによって作られたのが「ブレードランナー」に登場するレプリカントです。「ブレードランナー」の原作は、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」というSFの名作です。ところで、「ブレードランナー」の時代設定は、なんと2019年という想定なのです。
「ロボカップ」を通じて世の中に役立つ技術を生み出す
- 尾河北野さんが始めたことですごいと思うのは、今から20年以上前に立ち上げた「ロボカップ」です。「2050年までに、自律型ロボットがFIFAワールドカップのチャンピオンチームに勝利する」ことを目標に掲げていますが、サッカーロボットの開発が本来の目的ではありませんね。
- 北野
はい。「ロボカップのために生まれた技術が世の中の役に立つ」ことが目標です。ロボカップサッカーで開発した技術を、ほかのさまざまな領域にも生かそうと活動しています。サッカーロボット以外にも、レスキューロボット、家庭内での作業を支援するロボット、倉庫やオフィスで活動するロボットなどのミッションも設定され、これまでにいろいろな技術が開発されました。
子どもを対象にした「ロボカップジュニア」という活動も世界中で行われています。年間何十万人もの子供たちが参加するプロジェクトです。その中には、小学校時代に「ロボカップジュニア」に関わり、サイエンスに興味を抱いてロボット研究者になることを決め、その後、ロボカップでの研究で博士号を取得し、研究者になる夢を実現させた人も少なくありません。
サッカーロボットに関して言えば、人間と試合ができるようになるまでのハードルは決して低くありません。試合が「茶番」だと見られないようにするためにはまず、ロボットの性能が高くなければならないからです。性能が低いと、「そんなことやってもしょうがないでしょう」と言われてしまう。
もう一つ、クリアしなければならないのは安全性です。ロボットが危なかったら人間が逃げてしまうかもしれない。たとえ、試合は承諾してくれても保険をかけてくれ、となって保険料が大変高額に設定されてしまうこともありえます。高い機能性と安全性。この二つが確保されたロボットを作らなければ、試合をすることはできません。そのレベルに到達すれば、ほぼ成功なのですが…。
安全性に関して付け加えると、アメフトやラグビーのようなコンタクトの多いスポーツは難しい面があります。それに比べれば、サッカーはコンタクトがあるもののイエローカードやレッドカードというルールがあるので、「ぶつかる相手にケガをさせない」などというコンタクトの仕方のクオリティが重要です。日常生活でも、人にぶつかったり、ぶつかられたりしたときに当たり方のクオリティが低ければケガにつながる。そうした点も研究のテーマです。
「ロボットの評判が悪くなるからやめてくれ」と…
- 北野
「ロボカップ」プロジェクトの小型ロボットによるスモールサイズリーグで5連勝した米コーネル大のチームの教授は、物流ロボットを提供する「キバ・システムズ」という会社を立ち上げました。自律型のロボットが倉庫内の棚を自由に動き回って、eコマースで注文された商品を自動的にピックアップするシステムです。
アマゾンが12年にキバ・システムズを約770億円で買収し、現在は「アマゾンロボティクス」という会社になりました。ロボカップで培われた技術を用い物流の仕組みをガラリと変えてしまうようなロボットをサービスする会社のスピンアウト。このサクセスストーリーは、われわれから見れば目論見通りとも言えます。
- 尾河物流ロボットは以前、テレビで見たことがあります。夏場に出やすい商品を自動的に棚の一番前へ並べておくとか…。
- 北野
それぞれの棚に置かれた商品がどの程度の頻度で注文を受けているかというデータは把握しています。ロボットが商品をピックアップした後、元の位置へ戻るときにも必ず、同じコースを通るとは限らない。ある棚の商品の注文頻度が高ければ、その近くへ戻る。そのように最適化が行われています。
サッカーロボットのFIFAワールドカップ優勝は一つのターゲットですが、リアルな目標は、サッカーロボット開発の過程で生まれた技術が世の中を変えること。「キバ・システムズ」は倉庫物流の自動化に大きく貢献したのです。これをきっかけに、ロボカップに対する見方も変わりました。
ソフトバンクが買収した仏アルデバランロボティクスも、ロボカップからのスピンオフの一例。ロボカップの初期に参加していた研究者のメンバーがアルデバランを始動させました。ソフトバンクの傘下入り後は、「Pepper(ペッパー)」を世の中へ送り出しています。
- 尾河当初、ロボカップのプロジェクトに賛同する人は多かったのですか。
- 北野
そんなことはありません。盛り上がっている人は何人もいたのですが、「大御所」ともいうべき先生からは「サッカーのようなことをやって遊んでいてもしょうがないだろ」と釘を刺されました。最初のころはロボットがピクリとも動かず、「ロボットの評判が悪くなるからやめてくれ」と真顔で言われたこともあります。それでも目線を変えずに研究を続けた結果、技術力が数年で飛躍的に向上しました。
最初のころは「ロボットが動かなかった」と言いましたが、その時でも実験室でも動かないロボットを持ってきているわけではないのです。実験室では動いています。エンジニアリングの問題で、移動や設置の段階で不具合が発生したり、無意識のうちに実験室の環境に適応するようチューニングされていて、外に持ち出すと動かなくなってしまうのです。それを取っ払うのがもう一つの目標でした。どんな環境でもきちんと作動し、すぐにセットアップできなければ実用的なロボットとはいえませんから。
- 尾河環境に過剰に適合したロボットができてしまうと…。
- 北野実験室では動くが、ほかでは動きません。だからこそ、「ロボカップ」の開催地は世界中点々とします。今では、「ロボカップ」に参加しているロボットの研究者チームもロボットやソフトウエアの作り方がかなり練れ、実用的な作り方をするようになりました。ロボカップではどのような環境でもロボットがしっかりと動く、ということが非常に重視されています。
- 尾河すばらしい取り組みですね。
- 北野
昨年は名古屋で開催しました。今年はカナダのモントリオール。数百チームが参加しました。研究者の数にすると数千人規模。会場の「パレ・デ・コングレ」は6万〜8万平方メートルの広さです。
16年にドイツのライプチヒで行ったときの会場面積は約7万平方メートル。付帯するバックヤードも含めれば8万平方メートルぐらいでした。東京ならば、ビッグサイトすべてに相当する広さ。19年は豪州のシドニー、20年はタイ・バンコク、21年は、フランスのボルドーでの開催を予定しています。
(後編へ続く)
ライター 松崎 泰弘