ストーリー

「人とやさいの育ち」を経営理念に農業を通じた障がい者の就労支援を実施

障がいのある人の農業分野での活躍を通じて、自信や生きがいを創出し、社会参加を促す取り組みとして、国を挙げて推進されている「農福連携」。農業の人手不足と障がいのある人の就業先不足を解決する施策として期待されているものである。その実現に向け、静岡県磐田市にて、指定障害福祉サービス事業(就労支援B型事業所)「すずなりカレッジ磐田校」を運営するほか、意欲的な農福連携事業を展開しているGrandFarm株式会社。農業に特化した同社の事業内容、持続可能な社会の創造に寄与したいという想いについて、代表取締役社長の杉山明美氏にお話をうかがった。

「農業が人を育てる、他者との関わりが人を成長させる」を信念に、障害福祉サービス事業会社を起業

2020年7月、農業生産法人「鈴生(すずなり)」のグループ会社として設立されたGrandFarm株式会社。航空会社の客室乗務員をはじめ、これまで歩んできた数々の仕事から受けた感動体験に杉山氏自身が突き動かされ、同じ想いを持つ人との出会いによって誕生した会社と言ってもいいだろう。
杉山氏の社会人生活は航空会社の客室乗務員からスタートする。5年間の勤務を経て結婚を機に退社した後は、夫の仕事の都合で大阪、ロサンゼルス、メキシコと生活拠点が変わっていった。5年間のメキシコ生活では、現地の国立大学や私立大学、日本語学校で日本語講師として活動するほか、静岡県産の日本茶販売と並行して日本文化を伝える活動も行っていたという。

2009年、夫の仕事の都合で帰国。杉山氏の実家がある静岡県での生活が始まった。そこで偶然目にした「ニート・引きこもりを対象とした就労支援事業の支援員」の求人に興味を持ち、支援員として従事。この仕事を経て、就業した静岡県の委託事業である「ニートなどへのジョブトレーニング事業」での体験が、「農福連携」実現への想いを強めるきっかけになったのだという。
「職業体験を通じて職業観を養い、就職支援をしていく取り組みだったのですが、その中で行われていたのが農作業でした。草取りや石取りなど手数が必要な農家さんの作業をボランティアで行い、週1日はパソコンの授業やキャリア教育などを実施するカリキュラムで、農作業をするにつれて受講生の皆さんが少しずつ明るく変化していく姿を目の当たりにするようになったのですが、特に、50歳近い引きこもり男性のかたの変化が衝撃的だったんです。何十年も自宅に引きこもり、家族としか会話をしないためか、口は動いているのに声が出ないような状態だったのが、みんなで農作業を続けていくにつれ、若者とぽつぽつと話をするようになったり、笑うようになったんです。私たちスタッフからすると非常に感動的な出来事でした。そんな彼らの変化を目の当たりにして、農作業を行うことで人は変われること、他者との関わりが人を成長させることを実感しました。これは人のためにも役に立つ、社会貢献にもなる支援であると、私の心を強く刺激したのです。」

委託事業の実施期間終了後、これまでのキャリアを活かし、静岡県内の大学の特任職員として就職支援室に勤務。4年間の任期満了時に、杉山氏の想いを知る同大学の教授に紹介されたのが、同社の親会社である農業生産法人「鈴生」の代表取締役社長、鈴木氏だった。
「鈴木社長自身、ずいぶん前から障がいのあるかたたちに農業に携わっていただきたいという強い想いがあったそうなんですが、偶然にも、その時期に磐田市内に水耕栽培のハウスを建てる計画があり、『そこでなら障がいのあるかたたちも農業を体験できるだろうから、一緒にやりませんか?』と言っていただけたんです。この出会いからGrandFarm株式会社を立ち上げ、『すずなりカレッジ磐田校』をスタートさせることができました。」
職種は違っても、常に人と関わり、人に寄り添う仕事を続けてきた杉山氏が、農業の魅力を知り、農業が人を変える力を持っていることを体感し、自らがリーダーとなって事業を牽引する立場となった。以前から理想として描いていた「農福連携」実現への第一歩を踏み出し、杉山氏は天職を手に入れたのである。

グループ会社を含めた独自の取り組みによって、全国平均の約2倍もの工賃の支払いを実現

農業に特化した福祉事業所である「すずなりカレッジ磐田校」の定員は20名。現在は療育手帳を持つ3名の知的障害者、12名の精神障害者の合計15名が登録している。事業所の特徴として「基礎コース」「実践コース」「就労準備コース」の3コースを設定。農作業に携わるだけではなく、学びの時間も大切にしたいという思いから施設名を「カレッジ」としたのだとか。
「普段は水耕栽培のハウスで、種まきから苗植えに加えて収穫後のパネルの洗浄などの仕事をします。冬場の作業は夏場の半分ぐらいになってしまいますので、畑で路地栽培をしています。その畑で収穫されたスティックセニョール(茎ブロッコリー)という野菜は、昨年度から食品メーカーに出荷しています。他にも農業に特化した福祉事業所はありますが、私たちの事業所の特徴のひとつが、工賃を高めに設定していることです。夏には温度が45度にもなるハウスの中で作業するハードワークでもあるので、なるべく工賃を高くしてあげたいんです。グループ会社の作業を手伝うこともありますので、みんなでいっぱい働いて、いっぱい工賃をもらおうという取り組みも行っています。その結果、令和5年度の平均工賃月額は3万14円を実現。全国平均が約1万7,000円なので、倍ぐらいの工賃をお支払いしています。ちなみに、「就労準備コース」のかたには月額約10万円の工賃をお支払いできるようになりました。」

また、農作業は人を育てる教育の場でもあると考える杉山氏は、その思いを経営理念である「人とやさいの育ち」という言葉に込めたのだという。
「農業は野菜を育てる仕事ですが、野菜を育てていくうちに人を成長させてくれる面もあるんです。昨年、まだ残暑厳しい9月に露地栽培でスティックセニョールの苗を1日4,000個ぐらい植えたんです。その時に、ある利用者さんが『農業って、こんなに大変なんですね。でも、こういう作業をしてくれる人たちがいるから、僕らは野菜が食べられるんですね。』と言ってくれたんです。その一言を聞いたときは、すごいご褒美をいただいた気がしました。私は、そういう想いを感じてもらいたくて、この会社を立ち上げたのだと。実際に自分で野菜を育てることで、農家のかたたちへの感謝の気持ちが生まれる。その想いが生まれるのは、人として成長した証でもあるのではないかと思うんです。なので、「人とやさいの育ち」という言葉には、農業を通じて社会に貢献していく、農業によって自分たちも成長させてもらう、という想いを込めました。」

福祉の枠に留まらない社会貢献を目指し、「ソーシャルファーム」の実現に挑む

GrandFarm株式会社の事業は「すずなりカレッジ磐田校」の運営だけではなく、近年大きな問題となっている食品ロスの社会課題解決への取り組みとして、廃棄野菜を原料としたエシカル商品の開発と製造販売も行っている。現在販売されているのは、収穫後に大量廃棄されるブロッコリーの茎を原料としたレトルトパックのスープ。その名も「ブロッコリーの茎を使ったスープ」である。

「弊社のグループ企業である菊川市の支部ではブロッコリーを作っているのですが、その茎の部分は畑にそのまま捨ててしまうんですよ。それを、もったいないと思って企画したのがブロッコリーの茎の柔らかい芯の部分を使ったスープです。材料はブロッコリーの茎の芯とタマネギ、ブイヨン、オリーブオイルと香り付けにローリエを使うだけで、添加物は一切使用していません。ですが、このスープを作る際はブロッコリーの茎の芯だけを使うので、周りの皮を捨てることになるんですね。そうするとまたゴミが出てしまうので、その皮を乾燥させたパウダーとパルプを混ぜて、土に還る育苗ポットを試作しました。これは大学と共同で開発したものですが、まだ商品化のレベルに達していないので改良を進めているところです。実は、農業はプラスチック製品を多く使うので、脱プラスチックの観点からも廃棄される野菜などを素材にした、地球にやさしい製品を開発したいなと考えているんです。」

福祉事業である「すずなりカレッジ磐田校」は、障がいのある人が水耕栽培のハウスで働き、自立して生活できるだけの工賃を得ることができるようになれば、ひとつの目標は達成される。だが、先に紹介したエシカル商品の開発や販売にも取り組んでいることからもわかるように、GrandFarm株式会社としての目標は、さらに先にある。それは、福祉の枠に留まらず就労に困難を抱えるかたへの支援を拡大し、地域とともに支え合う「ソーシャルファーム」の実現だという。
「障害者手帳を持っているかたは福祉サービスを利用することができるのですが、実は、障害者手帳を取得できない引きこもりのかたや生活困窮者のかたが、生活や就労に多くの問題を抱えているため、中間的就労支援などが必要であると考えています。そんな彼らとともに働く会社は『ソーシャルファーム』と呼ばれています。いつの日か弊社が『ソーシャルファーム』として広く社会貢献していく。それが私の願いであり、弊社の大きな目標です。」
強い信念とバイタリティを兼ね備えた杉山氏だけに、その実行力で目標を達成する日がいつか来ることだろう。日本の農業の未来、障がいのあるかただけではなく就労に困難を抱えたかたを支えるためにも、情熱をもってその支援に取り組む同社を応援したい。「人と関わることが好き。」と語る杉山氏の原動力があれば「みんな」笑顔になれる社会になれる、そんな気にさせてくれる企業である。