ストーリー

「古木」の魅力と価値を世界へ発信し歴史を次世代に紡ぐ

1930年、初代の山上松治郎氏が長野県長野市にて建具製作を行う「山上木工所」を創業。2代目である現・相談役の山上建夫氏が事業を引き継いでからは、ゼネコン勤務経験を生かし、建具製作に加えて住宅などの一般建築を担う施工会社として業態を変えていき、社名を現在の株式会社山翠舎に変更。そして、3代目である現・代表取締役である山上浩明氏が入社以降は、飲食店・物販店などの商業施設の設計・施工を事業の柱としながら、古民家から入手する「古木」を活用し、そこにあらたな価値を創出することで建築業にとどまらない多彩な事業を展開している。古い木材をリサイクルするのではなくアップサイクルし、サステナブルな経営を目指す同社の取り組みと、海外展開を見据えた未来について、代表取締役の山上浩明氏に話をうかがった。

「古木」の価値を創出し次々と新規事業を展開

父方の祖父は建具職人、母方の祖父は材木店を営み、自宅の前には木工所があるという、まさに「木」に囲まれた環境で生まれ育ったという山上氏。しかし、父親から「家業を継いでほしい。」と言われたことは一度もなく、本人にもその意思はなかったという。高校時代、「全日本ロボット相撲大会」に出場して特別賞を受賞したほかパソコンやインターネットに傾注していたこともあり、大学では経営工学科に進んで環境問題を学び、卒業後は大手通信会社に就職。営業職として「社長賞」を取るほど精力的に活動していたが、そんな日々の中で、ふと家業への想いがよぎったのだという。
「よい会社ではあるけれど、父である社長のパワーの衰退とともに会社も萎んでしまうのではないか。それはもったいない、と思ったのです。子どもの頃から職人さんたちにかわいがっていただいたので、なんとかしたい。自分がなんとかできるかもしれないと考えるようになっていきました。」

しかし、入社の希望を父親に伝えたものの二度にわたって断られてしまう。建設業界とは対極的なIT業界に進んだ息子が、職人気質の人たちが集まる建築の世界に来ても苦労する。そんな親としての想いがあったのかもしれない。それでもあきらめることなく入社の意思を伝え、三度目にして了承される。2004年、山上氏が28歳のことであった。

当時、不況にあえいでいた建設業界では新規事業を始める企業が少なくなかったという。だが、その多くは本業とは直接的なつながりのない事業だった。会社の強みを生かし、リンクさせなければ意味がないと考えていた山上氏は、父親と二人きりの会話の中から現在の主力事業である「古木」ビジネスのヒントを得る。それは、同社の転機となった施工に関係するものでもあった。
1985年、長野駅前にオープンしたアメリカンカジュアルのアパレルブランド「オクトパスアーミー」の店舗施工を担当した際、古い木材を使用する特徴的なデザインに対する確かな施工技術が評価され、全国の店舗の約半数の施工を手がけることになり、その後、県外からも施工を受注するようになっていた。同社には、古い木材の知識と扱いに長けた職人たちがいる。海外から輸入するのではなく、国内で入手すればコストを抑えられる。当初は、解体される古民家から古材を回収し、それを販売するビジネスを考えていたが、異業種経験のある山上氏は、エンドユーザー発想であらたなビジネスを見出した。

「古い木材がもつストーリーに大きな魅力とポテンシャルを感じたのです。また、すでに古材の流通を手がけている企業との差別化を図るため、古材と古木とを分け、あらたな価値を付与した古木事業を展開することを決めました。」
ちなみに、古木は同社の登録商標であり、その定義は戦前に建てられた築80年以上の古民家の解体から発生した柱・梁・桁・板の木材のこと。社内に在籍する古木スペシャリストが良質な状態であることを確認し、なおかつ古民家の建てられた年代や場所、木材など入手ルーツが明確でトレーサビリティが確保されたものを指すという。

全方よしの古民家再生事業でサステナブル経営を実践

当初、本社のある長野県を中心に商業施設の下請内装工事が中心だったが、2009年からは古木を用いた店舗や住宅の設計施工へと経営方針をシフトしていった。設計の段階で古木の使用を提案することで、仕入れから設計・施工・流通までの自社一貫体制を構築。これまでに古木を使った施工事例は一都三県を中心に500件を超えるという。
また、2012年に山上氏が3代目の代表取締役に就任すると、翌年から古民家移築再生事業もスタートさせた。これもまた古木から派生した新規ビジネスである。
「2006年に新規事業を考えた時から、私には社会課題の解決という発想がありました。伝統工法を用いて建てられた古民家は日本固有の財産です。そんな価値あるものを廃棄してはいけない。よいものを長く使い続けることがいちばんのサステナブルだという思いを持っていました。結果、環境負荷の低減につながると。サステナブルな世界を実践するうえで、当社には古民家というフィールドがあった。それが、この事業を始めるきっかけだったのです。」

空き家となり、活用方法に苦慮する古民家のオーナーは全国に多数いる。一方、古民家を移築して店舗や宿泊施設の開業を考える人たちもいる。その両者をマッチングさせ、古民家を移築したうえで内外装の施工を同社が担う。事業に関わる三者すべてにメリットのあるビジネススキームではあるが、まだ課題も多いという。
「古民家の移築プロジェクトは数年かかる大変なものですし、費用も億単位になりますので、頑張っても年間2〜3件程度しかできません。そのためビジネスの中心に置くことはできませんが、目の前に古民家問題で困っている人がいる。その力になりたい、という想いが私のベースにあるのです。古民家の移築プロジェクトを進める中でさらなる課題も明確になってきましたので、それをクリアできれば次のステップに進めると感じています。」

また、古民家移築再生事業からの派生で『山翠舎オアシス』(※関連会社のリリース株式会社が運営)という新規事業も誕生した。これは、古民家を借り上げ、リノベーションしてリースするだけでなく、飲食店の開業までを支援するサービスである。
「これまで当社が古木を活用して内装のデザイン設計施工を行ってきたお客さまの大半が飲食店で、開業後の経営状態を見ても問題のないところがほとんどです。そこには当社による唯一無二の空間づくりも一役買っていると思います。そこで、設計施工だけではなく、古民家を借りて料理人に貸す、そして開業サポートも行うというサービスを考えつきました。それが『山翠舎オアシス』です。物件ごとに専属のデザイナーをつけてデザインの相談に応じ、開業に伴う多くの手続きには士業パートナーがワンストップでサポートします。こうすることで、料理人はより多くの時間を料理に集中することができるのです。」

古民家の空き家問題という地域課題の解決に加え、極力廃材を出さないことで環境負荷の軽減に寄与し、さらには古民家を活用する事業者のビジネスも応援する。このしくみを山上氏は『古民家・古木サーキュラーエコノミー』と名付けているが、さらに異業種の企業とパートナーシップを組んでいくことで全方向的にメリットのあるビジネスを計画中だという。

日本の伝統と技術を世界へ 新ブランド『SANSUI』が誕生

古木を核としながら多彩な事業展開を行っている同社が、海外進出を目的に誕生させた新ブランドが『SANSUI』である。これまでも同社では古木を使用したプロダクトの販売を行ってきたが、同ブランドは愛知県名古屋市の有松・鳴海地域の伝統的な織物である有松鳴海絞りを軸にしたブランド「suzusan」のCEOである村瀬弘行氏をクリエイティブディレクターに迎えたもの。2023年1月にフランス・パリで開催されたインテリア&デザインの世界的見本市「メゾン・エ・オブジェ」に初出展したのを機に、今後はアメリカ・ニューヨークでの展示会への出展が予定されているという。

「海外進出に向けては右も左もわからない状況でしたが、名古屋市主催伝統産業海外マーケティング支援プロジェクトの統括コーディネーターも務める村瀬さんの協力や、経済産業省の補助事業「デジタルツールなどを活用した海外需要拡大事業(トップクリエイター活用型)」に本事業が採択されたこともあり、『メゾン・エ・オブジェ』への出展が実現しました。今回出展したプロダクトは古木を素材に職人が手作業で仕上げたサイドテーブルでしたが、今後は海外のアート市場も視野に入れながら古木の価値を高めていきたいと考えています。その一環としてパリのサンジェルマンに自社のギャラリーをオープンさせることも計画中です。」
もともと家業を継ぐ意思のなかった山上氏が3代目の社長となり、父の代に会社の強みであった古材の活用を古木事業へと昇華させ、唯一無二のビジネスを展開するまでになった。アップサイクル、サステナブルの観点から次々と新規事業を生み出してきた発想力豊かな山上氏が、次のステップでどのようなビジネスにチャレンジするのか。今後の動向に注目したくなる企業である。