ストーリー

新しい水産加工業のカタチを模索し、地域の活性化に挑む!

島根県最大の漁業基地であり、日本海の中核漁場として知られる浜田漁港は、全国有数のノドグロの産地でもある。この漁港の目の前に社屋と工場を構える水産加工会社、株式会社シーライフ。2006年に代表取締役の河上清志氏が個人商店として創業し、2009年に株式会社として法人化された企業である。古くから水産加工の町として栄えた浜田市においては新しい会社ではあるが、新しい会社だからこそ昔ながらの慣習にとらわれることなく、地元産業を通じた地域活性化や浜田ブランドの魚を世界に発信するなど、熱い思いを持ってさまざまな施策を展開している。そんな株式会社シーライフの取り組み、未来への思いを専務取締役の河上清貴氏にうかがった。

ノドグロ商品のパイオニアとして島根から世界の食卓に挑戦

株式会社シーライフの主要事業は、浜田漁港で水揚げされた新鮮な魚を使った干物と缶詰の製造販売である。この事業展開にあたり同社では、3つのテーマを柱に「時代を先取りした食文化の提案」をビジョンとして掲げている。そのテーマのひとつ目が「体にやさしい商品をつくり続ける」である。これは代表取締役の河上清志氏が自ら事業を起こした理由でもあるという。
「私の父である社長が個人商店を創業したのが2006年、40歳になる節目の年でした。それ以前は地元の水産業者に勤務しており、地域の仲間や行政に協力いただいての独立でした。そのきっかけになったのが食品の安全性に対する疑問だったそうです。目の前に広がる豊かな漁場で獲れた新鮮で美味しい魚なのに、なぜ添加物を使うのかと。添加物をたくさん使った魚を自分の子どもに食べさせられるのか、自信を持って知り合いに渡せるのかと考え、材料にこだわり、安心して食べていただける商品を提供したいとの思いから、個人商店を立ち上げたのです。まずは『体にやさしい』が弊社の商品の基本。余計な調味料を極力使わず、魚本来の旨みを味わっていただきたい。これは私自身の考えでもあります。」

ふたつ目のテーマは「産地を守り、発展させる」。自社の成長だけを追求するのではなく、浜田市の主要産業である水産業を盛り上げるとともに、地元の魚を日本のみならず世界に届けることで浜田市を活性化させるのが目的である。
「私は高校卒業後、浜田市を離れて大阪の大学に進学したんです。卒業後はそのまま大阪にある呉服店に就職し、2016年にUターンしてシーライフで働くことになりました。その時点で、浜田市の伝統的な特産品である干物のニーズは縮小していました。毎年のように同業者が廃業し、水産業に携わる人が減少していく状況にあります。そんな中で自社だけが生き残るのではなく、浜田市が一大水産地として生き残るために、地元で獲れた魚を全国にPRしていく必要があるということです。例えば、浜田市の特選水産ブランドは『どんちっち』という名称が付くのですが、弊社の社長はこのブランドをつくる会議の中心メンバーとして参加していまして、東京の百貨店や市場、飲食店などに足を運んでPR活動も行ったんです。そんな地道な活動をしてきた甲斐があり、今では豊洲市場でも『どんちっちと言えば、浜田の良い魚だね』、『浜田市のノドグロと言えばシーライフだ』と認知されるまでになりました。」

3つ目のテーマは「世の中にない、新しい価値を生み出す」である。この言葉通り、同社では清貴専務を中心としたスタッフが、他にはないオリジナルの新商品開発を積極的に行っている。これは浜田市にある他の水産加工会社では見られない、同社ならではの特徴でもある。
「商品開発をする際にまず考えるのは、前例のない商品をつくること。他社と同じものをつくると、どうしても価格競争になってしまい、弊社にとってデメリットが多くなってしまいます。良いところはヒントとさせていただくこともありますが、そこから発展させて自分たちだからつくれるもの。目の前の漁港を生かしたり、自分たちのような小規模な会社でも可能な生産性も考慮して商品開発を行っています。」
これら3つのテーマからブレることなく事業展開を続けていることが、何よりも同社の特徴である。だが信念を貫くためには、いくつもの壁を乗り越える必要があった。

前例のない商品の開発に取り組み、あらたな市場を切り拓く

同社の主力商品は、地元で獲れた魚の干物である。その中でも、地元の名産品であるノドグロの干物が売上の約90%を占めるという。そして、売上規模ではまだまだ干物に及ばないものの、力を入れているのが缶詰である。浜田市内には干物製造を行っている業者が約20社あるが、缶詰業者は1社のみ。その1社が株式会社シーライフである。だが同社も創業当初から缶詰製造を行っていたわけではなく、清貴専務が事業に加わってから始めたのだという。
「きっかけは、浜田市に来られた観光客のかたの言葉でした。『どんちっちノドグロを持って帰りたいけれど冷凍の干物だから…』と。『残念だね』という声を私自身も耳にしていたんです。周りを見渡しても魚を常温で手軽に持って帰れる商品はほとんどない。それならば自分たちで商品開発をしなければいけないなと思ったのですが、私自身、水産加工業に就いて間もなかったこともあり、何をつくればいいのか思い付かず、島根県の水産試験センターに相談に行ったんです。その際に提案されたのが缶詰でした。」

しかし、同社には缶詰製造のノウハウがないため、県内のみならず他県の缶詰工場などに足を運び製造方法を学んだという。
「最初は、単純に缶に魚を詰めれば終わりぐらいに考えていました(笑)。ところが奥が深くて、商品販売に至るまでには1年半ぐらいかかりました。販売してからも品質が安定しないなどの問題があり、100缶つくったら半分ぐらいが売り物にならない状態が1年ぐらい続いたんです。あきらめかけた瞬間もありましたが、会社の将来を見据えたり、漁港の現状を見たりした時に缶詰は必要となる商品ですし需要もあるはず。何よりも惜しみなく指導してくださったかたがたの協力を考えると、最後までやり通して商品化するのが使命だと感じたんです。そこからは、ほぼ毎日、業務時間外に試作を重ねて、やっとお客さまに認めてもらえる商品ができました。当初は販路も市内だけでしたが、それが県内に広がり、東京にも行き、今では海外にまで広まっています。」

缶詰商品のラインアップは味付けの異なる『ノドグロ』がメインだが、未利用魚が原材料の『今朝の浜』が売上の中心だという。未利用魚とは、漁港に水揚げされたものの干物としては使われない魚種のため、これまでは処分されていた魚のこと。エボダイやヒラアジ、カサゴなど、その日に水揚げされた魚を原材料とするため、毎回魚が変わるユニークな缶詰商品となっている。
「漁師さんから『せっかく獲ってきたのに値段が付かないような魚があるけど、どうにかならないか?』と相談されたのが開発のきっかけでした。缶詰には使われていない魚ばかりなので前例のない商品となりますし、スーパーマーケットの鮮魚コーナーでもなかなか売られていない魚ばかりです。世の中にない、新しい価値を生み出すという観点からも、弊社が取り組むべき商品だと考えました。」

同社には商品開発部は存在しない。社長と清貴専務の雑談の中からアイデアが生まれることがほとんどだという。だが、社内だけでは商品化が難しい場合は、地域の仲間や異業種のかたとコラボレーションして商品開発を行う。こうして商品化に至ったものが多々あるという。
これが「産地を守り、発展させる」という地域活性化への取り組みのひとつでもあるのだ。

カッコいい水産加工業を実現したい!その思いを原動力に活動を展開

株式会社シーライフでは、2017年から海外への商品輸出をスタートさせた。創業から10年が経ち、「どんちっちブランド」を全国にPRする事業が一区切りついた中、次なるステージに定めたのが世界だった。
「本当に何もわからないところからのスタートでした。商談会や展示会などに参加したりする中で、輸出量はまだ少量ではありますが4年間で10の国と地域に商品を輸出できるようになりました。今のところ輸出商品はノドグロの干物と缶詰が中心です。やはり、ノドグロはブランド力がありますので。コロナ禍以前は現地に行って試食販売会を実施したり、飲食店へ視察に行ったりと積極的に活動したおかげで、年々海外取引の売上は増えています。ただ、もっと他の国にも広げたい。ノドグロという美味しい食材を海外の人たちにも食べてもらいたい思いがあるんです。」

島根の美味しい魚を日本のみならず、世界に届ける。その夢は着実に進んでいる。だが、清貴専務には、もうひとつ大きな目標があるという。それは、水産加工業が持つ従来のイメージを変え、カッコいいと思ってもらえる業種となること。その企業モデルになることだ。
「ずっと言い続けているんです。『カッコいい水産加工業を実現したい』と。そうなれれば水産業界に入りたいと考えてくれる人が増え、地域の活性化にもつながると思うんです。そのためにも、面白そうだなとか興味を持ってもらえる会社にしたいですね。」

同社では業種や規模を問わず、県内外の企業や飲食店とコラボレーションして、ノドグロをベースにした数々の商品開発に取り組んでいる。そのオープンな姿勢が、さらなる仲間を増やしているという。
「弊社には、ずっと水産業に携わってきた社長の強みと、外から帰って来たことで従来の水産業者とは違う視点を持つ私のような人間がいること、このふたつの強みがあると思っているんです。地元の水産業者にはない、この強みを生かして地域に貢献したいと考えています。水産業者ってライバル関係になってしまいがちなのですが、狭い浜田市の中で戦うのではなく『団結してもっと大きいところと戦いましょう』というのが社長と私の考えなんです。まずは地域内に仲間を増やして『オール浜田』で、東京のような大きなマーケットやグローバルなマーケットに挑戦する。それが弊社の目標であり、会社の未来像です。」

企業規模としては、まだまだ小さな株式会社シーライフだが、同社には世界に通用する高級ブランド魚「ノドグロ」という強い武器に加え、高い志と行動力がある。日本の水産業は保守的な業界だと言われるが、革新的な活動を行う同社が業界に活気を与える起爆剤となる。そんな可能性を感じさせてくれる企業である。