ストーリー

世界が認めた革新的な鋳造技術と産業観光の両輪で地域の活性化に貢献

高岡銅器や高岡漆器など江戸時代から続く伝統産業が今も息づく町、富山県高岡市。現在では、古くから継承されてきた伝統技術をベースにしながらもデザイン性の高いあらたなクラフト商品が次々と発表され注目を集めている。その代表的な存在とも言えるのが、この地で創業以来106年もの歴史を持つ鋳物メーカーの株式会社能作である。全国的に伝統産業が衰退の道を辿っている中において、独自の技術革新や製品開発、販路の開拓、さらには産業観光にも取り組むなど多彩な業務展開を行っている。その目的は単に自社を発展させるためだけではない。伝統工芸の復興、高岡市や富山県の活性化にとどまらず、北陸全体の地域創生に貢献したいという熱い思いがある。そんな株式会社能作の過去と現在、そしてどんな未来を思い描いているのかを、代表取締役社長の能作克治氏と専務取締役の能作千春氏にうかがった。

念願だった自社ブランドの確立が会社を救い、未来を描く礎となった

株式会社能作は、1916(大正5)年に仏具、茶道具、花器の鋳物メーカーとして創業。1965(昭和40)年頃には高度経済成長に伴う日本人の生活スタイルや意識の変化から、同社が開発したモダンなデザインの花器がヒットし、一気に業務が拡大。しかし、徐々に伝統的な製品の需要は減少していき、会社は苦境に立たされてしまった。転機となったのは、現・代表取締役社長の克治氏が社長に就任した2002年のことだったという。
「それまでの18年間は、現場で職人としての腕を磨き続けていました。当時、低価格の中国製品が台頭していたこともあり、良質な製品を少量生産する経営スタイルに移行し、若干なりとも業績は右肩上がりを続けていたのですが、私の中には素材づくりにとどまらず、いずれは『能作』というブランドで製品開発と販路開拓に挑戦したいという思いがあったんです。なぜなら、自分たちがつくった物がどこで売られていて、どんな人たちに使われているのかがわからない。使っている人の顔を見たことがなかったんですよ。実際に弊社の製品を使っているユーザーの声を聞きたいという思いが、長年にわたってあったのです。(克治氏)」

社長就任後、克治氏はすぐに行動に打って出る。東京・原宿で自社製品の展示会を開催したのだ。そこで展示された真鍮製のベルが注目を集め、都内のセレクトショップとの直取引がスタートする。その後、ショップの販売員のアドバイスからベルに短冊を付けた風鈴を開発したところ、毎月1,000個以上が売れる大ヒット製品となった。また、同社の主力製品となっている、曲がる『KAGO』シリーズに代表される錫(すず)100%の製品づくりも、初の試みだったという。従来、錫は柔らかい金属のため銅や鉛などの金属を加えて強度を担保したうえで製品化されるが、同じことをやったのではモノマネになってしまう。曲がるのなら曲げて使える食器をつくろうという逆転の発想、あえて難題な加工への取り組みから誕生したのが、曲がる『KAGO』シリーズである。この製品は、テレビ番組をはじめとする各種メディアに取り上げられたこともあり大ブレイクを果たしたのである。

「当初、弊社が得意とする『生型鋳造法』で対応していたのですが、それでは製造が間に合わない。いくら伝統産業でも技術革新をしなければいけないだろうということで、新しい鋳造法を編み出しました。それが弊社独自開発の『シリコーン鋳造法』です。現在、『生型鋳造法』を中心に、さまざまな鋳造法を使い分けて多品種少量生産を実現していますが、すべてに共通するのは職人の手法と技術によるものということです。(克治氏)」
ちなみに、先に紹介した真鍮製のベルは、2008年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)の販売品に認定されるなど海外でも高い評価を受けている。

産業観光の一環として、『錫婚式』の企画・運営など新しい事業やサービスにも注力

2017年に株式会社能作は、地元のものづくり企業の集積と県内産業の活性化を目的に開発された高岡オフィスパーク内に移転。約4,000坪の敷地内に工場、体験工房、カフェ、ショップなどを有する複合型施設となる新社屋が完成した。新型コロナウイルスが蔓延する以前、2018年には年間13万人を超える人々が工場見学に訪れていたという人気スポットでもあり、同社が鋳物製造と共に注力している産業観光の拠点でもある。産業観光とは、その地域特有の歴史的・文化的に価値のある工場や機械などの産業文化財や産業製品を通じて、ものづくりの心にふれることを目的とした観光を指す名称だが、同社では旧工場時代の30年以上前から工場見学に力を入れていたという。

「当時は産業観光という言葉もありませんでしたが、地元に住むある女性からの電話がきっかけでした。『うちの息子に伝統産業の現場を見せたい』と工場に来たのですが、そのお母さんが息子に『あんた、よう見なさい。勉強せんかったら、こんな仕事をすることになるよ』と言って帰ったんです。確かに3K、4Kと言われた仕事ですけれど、この土地柄があって生まれた産業なのに、地元の人に足蹴にされるのはおかしいと思ったんですね。その意識を改善してもらうには、見てもらうことが一番だと。知ってもらうことが大事だと考え、それ以来、子供たちを中心に工場に招いて仕事現場を見せる活動を積極的に行うようになったんです。長い時間がかかりましたけれど、今では高岡銅器に対する高岡市民、富山県民の見方が変わったと実感しています。ただ、産業観光だけで考えた場合、利益は上がっていないのが実情。しかし、利益云々ではなく、能作を知ってもらう、高岡を知ってもらう、富山県を知ってもらうという意味では大きな力を発揮している場所なんです。だからこそ、社員には『売上は5年、10年先に必ずついてくる。物を売らなくてもいいから、ちゃんと伝えなさいよ』と話をしています。(克治氏)」

新社屋・工場での産業観光は、工事見学や体験工房への取り組みだけではない。地元食材を用いたメニューを錫器で楽しめるカフェや観光情報コーナーを併設。さらには、結婚10年目の節目を祝うブライダル事業の『錫婚式』、体験と旅をセットプランにしたトラベル事業など多彩な取り組みを展開している。この産業観光のプランニングから運営までを担当しているのが、克治氏の長女であり専務取締役の千春氏である。
「株式会社能作という会社や製品を知っていただく方法としては、メディアやSNSの利用も考えられますけれど、何よりも弊社の強みは産業観光なのです。確かに今のところ直接的に産業観光からの収益は少ない状況ではありますが、工場に来られたかたが地元に戻られてから製品を購入いただいている金額は、かなり大きなものです。それはサービスを通じて製品の魅力を知っていただいた結果だと思うのです。また、2年前にお客さまからの声をきっかけにスタートした『錫婚式』にしましても、この新しいサービスを通じて錫製品への興味に繋がっていくものだと思っています。ですから、物だけ先行してもいけないし、サービスだけ先行してもいけない。サービスと物を両輪と捉え、一緒に動かしていくことが重要だと考えています。(千春氏)」
同社の社屋での産業観光において、高岡市や富山県の魅力を発信する場として大きな力を発揮しているのが、社員がおすすめする富山の観光情報をオリジナルのカードにして並べたスペース『TOYAMA DOORS』。専務の千春氏をはじめとする産業観光課のスタッフが実際に取材してカードを制作しているという。他のサービスともども、かつて編集者として活動していた千春氏の企画力と経験が存分に生かされている。
「高岡市や富山県の魅力をさらに発掘していただきたい思いで観光カードコーナーを設けています。飲食店や宿、遊べるスポットなどをスタッフが自ら探し、実際に取材したうえでカードを制作しています。産業観光は地域を回遊してもらうことが目的であって、弊社に来ていただいて終わりではない、という社長の思いを具現化したものなのですが、『カードを持ってお客さまが来てくれた』と飲食店のかたが、わざわざ挨拶に来てくださることもあります。また、体験工房に関しましては、工場で見ていただいた職人の技法を用いて実際にものづくりを行っていただくのですが、ぐい呑やトレーなど世界に2つとない自分だけのオリジナル製品をお持ち帰りいただける、とても強いコンテンツとなっています。また、カフェでは弊社の食器を使ってお食事を楽しんでいただくのですが、最近は20代とか若いお客さまがすごく増えているんです。これまで、若い年代にアプローチする方法がなかったので、将来顧客に繋げるという意味では大きな可能性を感じています。(千春氏)」

伝統産業の復権、地域創生を実現するため利他の精神でチャレンジし続ける

新型コロナウイルスによる経済の低迷は、多くの企業に影響を与えている。これまで年間13万人を超える入場者を迎え入れていた同社でも、感染予防の観点から入場者数を減らしての対応を余儀なくされた。また、国内に13店舗ある直営店の売上が大幅に減少した。しかし、そんな逆風にありながらも社長の克治氏は直営店を増やしていくことを考えているという。
「コロナ禍で直営店の売上は落ちていますけれど、逆にこの状況が直営店の大切さを気付かせてくれました。と言いますのは、ECサイトの売上がかなり伸びたのです。うちの製品は1万円以上の物が多いのですが、普通はよく知らない会社の1万円以上もする製品をECサイトで買いませんよね。なのに売上が伸びているのは直営店の存在が大きいからなのです。直営店がある地元の飲食店のかたが、弊社の酒器を購入してお店で使っていただいているケースがすごく多いのです。それによって能作のことを知らなかったお客さまが、飲食店で酒器を使ったことをきっかけに直営店で製品を購入いただいていることがわかりました。会社の知名度を上げる、弊社が発信していることに興味を持っていただくだけでも富山県のためになる。それが直営店の役割でもあると思うのです。時代に逆行する動きではありますが、多くの人に知っていただくためには店舗を増やすことも必要だと感じています。(克治氏)」

売上が落ちている中、家賃や人件費など何かとコストのかかる実店舗の新設はリスクが大きく、確かに時代に逆行しているように感じられる。しかし、専務の千春氏も同意見だという。
「先行投資として、どんどんインターネット広告を出すという宣伝手法もありますけれど、それは長続きしないでしょうし、ファンをつくることもできないと思うんです。それよりも物の質感や、製品にまつわるストーリーを丁寧に伝えていくことが、弊社にとって重要だということに気付かされました。(千春氏)」
製品を通じて多くの人に株式会社能作を知っていただき、同社の産業観光を通じて高岡市や富山県の魅力に気付いてもらう。この両輪がうまく回ってこそ同社以外にも多く存在する伝統産業の復権に繋がり、ひいては地域の活性に繋がる。その実現こそが社長の克治氏の思いであり信念である。

「伝統産業に携わる人は、守るという意識の強い人が多いんです。もちろん守らなければいけないこともありますが、革新していかなければいけない部分もたくさんある。ただ守っているだけでは将来的に衰退していくだけですから。生き残っていくためには、自分たちが持っている技術を新しいものに転換していくことも必要です。例えば、弊社の産業観光が実業から大きく外れているかと言えば、そうではないんですね。地域の人たちのため、地域の産業のためにやっている新しい形の地域創生だと考えています。新しいことに取り組んで活性化していかなければ地域の企業も発展していかないと思うんです。今、能作の活動や思いに共感し、協力してくれている異業種のかたがたが県内外にいます。このネットワークをさらに広げていけば、きっと変われる。ゆくゆくは富山県だけでなく、石川県や福井県、さらには全国を結んだ産業観光を、株式会社能作を基点に実現できればと思っています。(克治氏)」
取材中、克治氏の口から「絶対に独り占めは良くない」という言葉が幾度か聞かれた。企業である以上、収益の重要さは言うまでもないが、それよりも大切なことが克治氏にはあるのだと感じた。その思いが繋がり、同社のみならず地域や伝統産業が活性化していく。それを実現する可能性と力強さを感じさせてくれる企業である。