ストーリー

商業印刷で培った「紙を綴じる」思考をベースに画期的な新製品開発と新サービスに取り組む

2020年に創業50周年を迎えた、株式会社研恒社。商業印刷物のプランニングから校正、制作時の進行管理、周年記念品の制作などを基盤事業としてきた同社が、現在、第二創業と位置付けて取り組んでいるのが、新ブランド「PageBase(ページベース)」事業。文具史上初となるリングレス金属クリップ使用のスライド式ルーズリーフバインダー『SlideNote(スライドノート)』の販売と、オリジナルノート用紙を購入できるECサイト『Paper&Print』からなる新サービス展開である。印刷業からの業態転換を図るべく新規事業にチャレンジしている株式会社研恒社代表取締役の神崎太一郎氏に、その想いをうかがった。

異業種での勤務経験から生まれた会社への違和感

神崎社長は前社長である創業者のご子息。いわゆる若き二代目社長ではあるが、すぐに事業を継承するのではなく、大学卒業後はプロ用音響機器の大手メーカーに就職し、営業職を担当していたという。
「学生時代には、父親の跡を継ぐといった話をすることはありませんでしたし、意識したこともありませんでした。社会人になって仕事を始めてから『家業があるんだな』と気づいたぐらいだったんです(笑)。その後、2003年に新入社員として入社し、営業職を担当することになりました。」
前職も営業職だったこともあり、業種や扱う商品は違っても特に戸惑うことはなかった。しかし、営業活動を行う中で会社の姿勢に疑問を抱くようになったという。

「当時は、制作物を納品したら終わり。納品した後、それがどう使われるかを考えずに営業活動を行っていました。ただ依頼されたものをつくるだけではなく、お客さまの使い方とかまで含めて考えることで、例えばデザインを変えられる部分もある。それは、お客さまが制作物を使うストーリーを考えることにつながるのですが、そういった文化が会社にはありませんでした。一方でペーパーレス化が進む中、前社長が新規事業として日本料理店を開業したのですが、全くの異業種のため、どう本業に活かせばいいのか、どのように営業活動を行えばいいのか、と社員が戸惑う姿も見られました。その経験から、何か新しいことにチャレンジするにしても、これまでの業態と全く違うことをするのではなく、あくまでイメージなのですが50パーセントぐらい変える感じが良いと思いました。そうであれば社員も動きやすいだろうと。それが社長就任後、『PageBase』事業へとつながる『kaku』事業を始めるきっかけになりました。」

「もったいない」という意識と実体験が、商品開発のアイデアに

2016年、表紙のデザインや罫線など、あらゆる仕様をユーザーが自由に選択して世界でひとつだけのオリジナルノートを作れるノート設計システム『kaku』(特許取得済)を発表。加えて、「大切な方へのプレゼント」をコンセプトにした文房具ブランド『kaku souvenir』ならびに自社運営のECサイトを新規事業として立ち上げた。
「すでに多くの企業がカスタマイズに取り組んでいますが、当社の場合はノートを作っているわけでも、紙を作っているわけでもありませんし、会社の規模から言っても大量生産の勝負はできません。でも、ユーザーに数多くの選択肢を与えることならできる。その発想から誕生したのが『kaku』です。表紙から紙の素材、罫線など、約4兆通りもの組み合わせで一冊のノートを作成できるシステムです。紙を綴じるものの制作ならば、主要業務の商業印刷から大きく外れるものではない、という思いもありました。」

さらに、このシステムを発展させた新サービスの創出を考え、東京都が主催する企業参加型のデザイン・事業提案コンペティション『東京ビジネスデザインアワード』に応募。デザインコンサルティング会社の株式会社kenmaとのマッチングを経て共同開発されたのが、リングレス金属クリップ使用のスライド式ルーズリーフバインダー『SlideNote』である。
「単に面白い商品をつくるのではなく、ビジネスとして成立する、売れる商品を作りたかったので、実績のある企業と組みたいと思っていました。その点、kenmaさんは以前の東京ビジネスデザインアワードで優秀賞を受賞しウェアラブルメモ『wemo』を作られていたので、事前に社内で『kenmaさんと組めたらいいね』と話していたところ、実際に提案をいただけたので即決してしまいました(笑)。そこから、kenmaの代表である今井さんとアイデア出しを進めていきました。」
幾度となくアイデア会議を進める中、神崎社長が子ども部屋で目にしたノートの話がきっかけとなり『SlideNote』のアイデアが生まれたという。

「まだ途中までしか使っていなくても、学年が変わると新しいノートを購入することになります。もったいないので余った紙をカットしてメモ帳などに使っていました。また、うちの子どもたちは、もう大きくなったので問題ないのですが、入学したての小学生が、教科書とノートが何冊も入った重たいランドセルを背負って通学するのはたいへんだろうなと感じることもありました。例えば、その日に必要な枚数だけのノートを持って行くことができるなら、ずいぶんランドセルが軽くなって子どもの負担も減りますよね。そんな雑談のような会話が『SlideNote』のヒントになりました。ただ、ターゲットを考えた場合、まずはビジネスパーソンである大人たちに使ってもらう。そこから波及して学生にも使ってもらえるようになるとうれしいですね。そしてその先に、いつか子どもたちにも使ってもらえるような商品を作れたらいいなと思っています。」

高い技術を持つ中小企業の力が結集した
Made in Tokyoの商品

2020年12月15日に発売となった『SlideNote』。同日、『SlideNote』専用のオリジナル用紙をオーダーできるECサイト『Paper&Print』もオープンした。だが、『SlideNote』を商品として成立させるためには、研恒社、kenmaの力だけでは足りなかった。独自機構となる、紙を挟むための金属クリップの開発が必要だったのだ。当然ながら、両社にはその技術がない。そこで着目したのが、東京金属工業株式会社が開発したロングセラー商品『スライドクリップ』だった。

「もともと私がスライドクリップのファンで、以前から使っていたんです。これを改良したものが必要になるので、東京金属工業を訪れて藤原社長に直談判させていただきました。おそらく藤原社長としては『何も知らない若僧だから、付き合ってやろうか』という感じだったと思うのですけれど(笑)。藤原社長はすごいアイデアマンなので、いろいろな提案してくれて、私の悩みを解決してやろうと一緒に向き合ってくださった。本当に感謝しています。」
『SlideNote』は、研恒社、kenmaのみならず、東京金属工業をはじめとする東京の中小企業による協同制作でもあるという。
「完全にメイド・イン・東京です。素晴らしい技術力を持った下町の会社さんの力を借りて作っています。これは基盤事業の商業印刷にも言えることですが、協力会社さんの存在がなければ成り立たないと思っています。また、『SlideNote』は商品化されましたが、まだまだ改良の余地が残っているとも感じています。もっと良いものをお客さまに届けるには改良を続けなければいけない。さらに情熱を持って取り組んでいきたいと思っています。」
まだ始まったばかりの『PageBase』事業ではあるが、文具史上初のリングレス金属クリップ使用のスライド式ルーズリーフバインダー『SlideNote』の話題性もあり、着実に認知度を高めている。今や日本の文具はクオリティの高さから世界が注目するアイテム。『SlideNote』も国内にとどまらず、世界で認められる日が来るかもしれない。