ストーリー

「茶産地再生プロジェクト」を通じて、日本茶業界にあらたなビジネスモデルの構築を目指す

ヘルシー志向の高まりから、アメリカの都市部のカフェでは緑茶や抹茶を使ったドリンクをメニューとしているところが増え、スーパーマーケットでも緑茶飲料の売上が年々増加しているという。このムーブメントは、オーガニック先進国のドイツをはじめヨーロッパでも見られている。しかし一方で、生産元である日本の茶農家、特に主要生産地である静岡県の茶農家の実情は決して明るいものではない。その状況に危機感を覚え、立ち上がったのが、これまで40年以上にわたって日本茶葉の加工卸を行っていた株式会社カクニ茶藤。従来の分業型からあらたなサプライチェーンの構築を進めたり、個性あふれる商品の開発に挑戦している。その事業への思いを代表取締役の加藤重樹氏と取締役本部長の森藤真帆氏にうかがった。

生産から加工、販売までを担う
新しいサプライチェーンの構築を目指す

カクニ茶藤の創業は1977年。今年で44年目を迎えるが、古くから茶業の拠点として知られる静岡県内には、創業100年を超える老舗が数多く存在し、同社は比較的若い、ベンチャー的な立ち位置にあるという。だからこそ、旧態依然とした茶業界に危機感を覚え、あらたな取り組みに挑戦しようと考えたのだろう。

「静岡に限らず、日本の茶業界は大変厳しい状況に置かれています。その中で、市場構造上、最も悪影響を受けてしまうのが生産者なんです。我々問屋業は、原料を選定し仕入れをすれば良いのですが、生産者の相手は相場や自然など、目に見えず計算しにくい要素ばかりです。時代や生活様式が変わり行く中、お茶をめぐる市場が変化していることに危機感を抱きつつも、問題を直視せず来てしまった。そんな中、行政からの依頼を受けて生産の現場に足を踏み入れ、実際に話を聞くことによって初めて見えた現実があったんです。多くの茶農家では高齢化が進み、若い働き手も後継者もいないために茶畑が荒れ、栽培も管理も行われていない放棄茶園が急増。結果、離農する人も少なくありませんでした。これは静岡だけではなく、全国的な問題でもあります。これまで分業化で成り立ってきたお茶業界ですが、それでは未来はない。そこで僕らも生産者から仕入れるだけではなく、自分たちが求めるお茶を提供するために、生産から加工、販売までを行う、新しいサプライチェーンの構築に取り組むことを決意したんです。」と加藤社長は語る。

カクニ茶藤では、2018年11月に東京のスタートアップ企業『TeaRoom』と提携。高級茶の産地として800年もの歴史を持つ、静岡市の本山地域で茶園の運営と緑茶の製造を開始。放棄茶園の再生事業は、再生茶園を原料にした商品開発、商品化の実現に取り組んでおり、生産者へ利益還元をし、離農を食い止めるのも目的のひとつ。さらには改修した古民家を利用し、来訪者に茶産地の自然を体験してもらうなど、さまざまな形でお茶の魅力を発信していく事業も含めた『茶産地再生プロジェクト』を推進中だ。

また、同社は静岡県内の2社と共同で、有機抹茶を茶葉生産から輸出販売まで一貫した体制で安定供給することを目的に、静岡オーガニック抹茶株式会社を設立。今年には県内の川根本町に、日本最大規模の抹茶工場『SOMA(Shizuoka Organic Matcha Alliance)』が完成するという。

このように、カクニ茶藤が積極的な事業展開を行う背景には、海外でのお茶ブーム、緑茶の輸出量増加という追い風がある。

世界的な緑茶ブームを背景に海外輸出に活路を見出す

カクニ茶藤では、9年前から緑茶の海外輸出を強化。現在は、総売上の約40%を海外輸出が占めているという。輸出先の内訳は、アメリカが全体の約60%、その後ドイツ、台湾と続き、トータル10ヶ国以上に輸出している。なお、アメリカでは大手コーヒーチェーンのメニューに同社の抹茶やほうじ茶が使用されているという。この成長のきっかけになったのが、7年前に実現したアメリカのオーガニック茶パイオニア企業『Rishi Tea』との契約だった。

「実は『Rishi Tea』の創業者兼社長と僕は26年来の友人なんです。その関係から当初は少量のお茶の供給をしていたのですが、あるとき彼から、『うちのメインサプライヤーになってもらえないか?』と打診があったんですね。紆余曲折ありましたが、アメリカの有機認証であるUSDA/NOPを取得し、本格的な取り引きが始まり、それにより少しずつ内製化を進めるなど、会社変革のきっかけとなりました。」(加藤社長)

ちょうどときを同じくして取締役本部長の森藤真帆さんが同社に入社。インターナショナルスクールに通い、ネイティブ並みの英語力と柔軟な発想力を持つ彼女の存在が輸出事業の成長に拍車をかけた。現在、加藤社長から次期後継者として指名されてもいる。

「子供が3人いるんですが、30歳を過ぎたらきっちり仕事に専念したいと思っていました。出産後、就職活動をしたんですけれど、全然面接にたどり着くこともできなくて。県庁の臨時職員を1年経験し、再チャレンジした先がカクニ茶藤でした。これまで食品関連の仕事をしたことがなかったので戸惑うこともありましたが、業務を通じて国内外のいろいろなかたがたとお会いする機会をいただき、そのかたがたの人としての魅力に触れ、お茶への情熱に接することで、私自身さらにお茶が持つ魅力に気づくことができました。当社は今、さまざまなプロジェクトを推進していることもあって、激しい変化の最中にありますが、それはひとつ上の新しいステージに上がって行くタイミングのような印象を受けています。静岡の茶業界で世界を相手に、従来の商品とは異なる付加価値を持った商品を発信している企業はまだないと思うのですが、ぜひ当社がモデルケースとなれればと思っています。」と森藤さんは決意を語る。

企業理念である「不易流行」を指針に、業界の既成概念にとらわれないビジネスに挑戦

国内大手飲料メーカーの原料供給やOEM製造、海外の大手コーヒーチェーンに対しては抹茶をはじめとする緑茶製品を供給する一方、2017年には静岡市内にオーガニック抹茶スタンド『CHA10』をオープン。それらに加え、スタートアップ企業の『TeaRoom』と提携し、静岡県における緑茶生産の伝統を継承しながらも、サスティナブルなビジネスモデルの構築を目指し、『茶産地再生プロジェクト』に取り組んでいるカクニ茶藤。

日本の茶業界に根強く残る既成概念や固定観念に縛られず、あらたな分野に挑戦する加藤社長の行動原理となっているのが、同社の企業理念である『不易流行』という言葉。

「僕はこの言葉を、変えるべきことはスピード感を持って変え、変えてはいけないことは継承していく、という意味に捉えています。特に我々静岡の茶業界には当てはまる要素が多いです。結局、仕事とは取捨選択の繰り返しだと思うのですが、旧来の業界の予定調和の中で生きるのではなく、時代にあった変化や、それぞれの市場にあった柔軟な戦略を立てることが重要です。世の中や市場をどう捉え、自身や会社に落とし込んだとき経営者として何を選択するか、いずれにしても楽しんで取り組んでいきたいと思います。森藤を後継者として位置付けたのも『不易流行』ですね。彼女には僕にはない感性や行動力があり、特に根性は見上げたものがあります。まだ道のりは遠く、決して平坦ではないと思いますが、未来予想図を一緒に描きながら進んでいきたいと思います。スタートしたばかりの『茶産地再生プロジェクト』も焦らず、関係者とともに一歩ずつでも確実に前に進んで参ります。」

いつの頃からか日本人は、急須で入れたお茶ではなく手軽なペットボトル茶飲料を好んで飲むようになった。時代や社会の流れと言ってしまえばそれまでだが、皮肉なことに海外では健康飲料、スイーツの原料などとして日本茶が脚光を浴び、ブームとなっている。これを現実として受け止めながらも、日本が誇る文化としてのお茶も大切にしていきたい。

変えるべきところは変え、変えてはいけないところは継承していく『不易流行』を体現しようとするカクニ茶藤の取り組みは、加藤社長が言うように多くの人々の協力が必要。まさに今、多くの日本人が手を差し伸べるべきプロジェクトではないだろうか。