ストーリー

地域活性クロスメディアプロジェクト「温泉むすめ」を通じて、地域の人たちと共に日本を盛り上げたい

古くからの日本文化であり、重要な観光資源でもある「温泉」。しかし、全国に約3,000ヶ所あるといわれる温泉地の中で、活況を呈しているのは一部の地域に過ぎない。言い換えるならば、温泉地を元気にすることが地方の活性につながり、日本全体が元気になる。株式会社エンバウンドの代表取締役プロデューサーの橋本竜氏は、そのためのコンテンツとして2016年に同社を設立するとともに、全国各地の温泉地をモチーフに擬人化したキャラクターをつくり、地域活性クロスメディアプロジェクト「温泉むすめ」をスタートさせた。現在、台湾を含め、代表的な温泉地を約120のキャラクターと担当声優で構成し、さまざまな活動を展開中である。従来のゆるキャラ戦略や既存のアニメビジネスとは一線を画す、「温泉むすめ」プロジェクトに込めた思い、未来の展望を橋本氏にうかがった。

未曾有の大災害、東日本大震災からの復興が「温泉むすめ」誕生のきっかけに

「温泉むすめ」プロジェクトの概要を紹介する前に、原案も含め企画・プロデュースまでを自ら担当する橋本氏のバックボーンを紹介しておきたい。福島県郡山市出身の橋本氏はアパレルメーカー勤務を経て、若い女性たちが手書きのボードで時刻を知らせるインターネットサービス「美人時計」を立ち上げ、大ヒットさせた。約1年後に事業をバイアウトし、フランス・パリに活動拠点を移す。パリでの生活中、現地の友人との会話から日本の漫画やアニメの熱烈なファンが数多くいることを知り、日本はサブカルチャーをベースとしたコンテンツ立国として認識されていることを実感する。それにより畑違いであったサブカルチャーへの興味が湧いていったという。
そんなとき、遠く離れた日本で未曾有の大災害、東日本大震災が発生したのだった。橋本氏の故郷である福島県は大きな被害を受け、観光客が激減。地元の経済に大きな影響を与えた。「どうしたら福島に人を呼び戻せるか」と考え始めたことが、地域活性クロスメディアプロジェクト「温泉むすめ」誕生のきっかけになったという。

「それまで、ファッションやデザインが本業だったこともあり、人気のある漫画誌は読んでいましたが、特にサブカルチャーに詳しいわけでもなく、アニメもほとんど見たことがなかったんです。しかし、せっかくやるならゼロから勉強したいと思い、帰国後にアニメや漫画だけではなく映画製作も行う、いわゆるメディアミックスに強い出版社であるKADOKAWAに入社しました。同時にサブカルチャーの聖地である秋葉原に引越して、毎日のように電気街に通ってはひたすらサブカルチャーを吸収していた時期でもありました。当時、KADOKAWAではウェブメディアの運営だけでなく、デジタルマーケティングの担当でもありましたので、マーケティングの視点からサブカルチャーを客観的に観察し、自分なりに分析しながら、いずれはまた起業してコンテンツを使った福島の復興と地方創生ができないだろうかと考えていました。」
そのときは思いのほか早く訪れた。橋本氏は2016年に株式会社エンバウンドを設立し、「温泉むすめ」プロジェクトを始動させたのだ。

各温泉地で運営に携わる人たちの熱意と愛情が「温泉むすめ」プロジェクトを支えている

「温泉むすめ」のキャラクターたちは、温泉地の地域性や特性を取り込みながらつくられているが、特筆すべきはすべてのイラストレーターと担当声優が異なることだ。その理由は、より多くの人に参加してもらい、みんなで温泉地を盛り上げたい思いからだとか。当初、30人のキャラクターからスタートしたが、その作画を担うイラストレーター30人との交渉は橋本氏がひとりで行ったという。
「コミックマーケットに足を運び、サークル参加されている人気のイラストレーターさんに直談判してお仕事をお願いしました。『地方を盛り上げるために先生のお力をお借りしたいんです』と。元からコネがあったわけではありませんでしたので、持っているのは熱意と誠意だけでした。おかげさまで最近は業界での知名度も上がってきましたので、メールでオファーさせていただいても返信がすごく早く、イラストレーターさんからの売り込みも増えてきましたが、最初は本当に大変でした。」

現在、「温泉むすめ」は、出演声優グループの音源発売、各地でのイベントやライブ活動などマルチに展開しているほか、有馬温泉、道後温泉、湯村温泉、飯坂温泉、南紀勝浦温泉だけでなく、台湾においては観光大使に相当する温泉大使に就任し、地域を代表するキャラクターへと着実に成長している。
橋本氏をはじめスタッフの地道な活動の結果ではあるが、各地でのイベントやコラボレーションを実施するうえで重視しているのは、地域の人々と一緒につくり上げていくことだという。
「キャラクターやアニメなどのコンテンツを使った地域活性の成功例、失敗例をいくつか分析した中で気付いたのは、やはり成功の鍵は地元の方の愛情と理解、そして運営されるかたがたの熱意であると。そのために企画の段階から地域のかたと一緒にどうしたらファンだけでなく、その土地に住んでいる皆さんにも受け入れてもらえるかを考え、イニシアチブを各温泉地に委ねながらもゼロから共同でイベントをつくっていくことが一番大事だと考えています。そうすることで連帯感も生まれますし、みんなで地域を盛り上げようという使命感も生まれると思うんです。」

ここ最近のイベントで橋本氏の印象に残っているのは、兵庫県の閑静な湯治場として知られる湯村温泉で行われたものだという。交通の便が悪く、過疎化が進み、縮小していく温泉街を復興したいと湯村温泉観光協会の会長の息子さん、いわゆる“若旦那”から「温泉むすめ」のキャラクターをつくりたいと、協力要請の連絡を受けたことがきっかけだった。同じ兵庫県の有馬温泉でのイベントを見た若旦那が「温泉むすめ」に再生の可能性を見たのだ。
「今年の6月に地元で100年以上続く伝統的なお祭りの日にイベントを実施しました。「温泉むすめ」のファンのかたは20代から30代が中心なのですが、その若いかたがたに湯村温泉の存在を知っていただき、お祭りの雰囲気を一緒に体験することでより強く、鮮明に地域の魅力を知っていただければ、温泉むすめのイベントのないときにも足を運んでもらえるような、リピーターになる可能性があります。グッズの製作からイベントの実施まで会長の息子さんを中心に地域の若手のかたがたが動いてくださったおかげで、のべ700人のファンにお集まりいただきました。小さな温泉街に、これだけの若者が集まるのは湯村温泉の歴史の中でも過去に例がない現象だったそうです。湯村温泉に限らず、地方にこそ日本の伝統文化がより多く残っていると思っていますので、地元のお祭りや行事などと結びつけたイベントを実施することで、海外からの観光客の誘致にもつながるのではないかと考えています。」

もうひとつ、橋本氏が重視しているのは「一過性のブームにならないようにする」ことだという。
「地域創生がうまくいかない最大の理由は、運営者側の焦りにあると感じていました。ブームをつくろうとして失敗するケース、また盛り上がりすぎてブームがすぐに過ぎ去ってしまうケース。先ほども地元のかたの愛情が必要だという話をしましたが、幅広い世代のかたにキャラクターを認知していただき、愛情を得るにはとても時間がかかります。そこで、当初から10年、20年計画を立て、10年後も20年後も持続できるコンテンツづくりを目指してきました。ワインを育てるように、ゆっくりとコンテンツを醸成させるにはどうしたらいいかを考え、決して無理をしないという今の手法を取っています。ブームが去ったからキャラクターの役目も終わり、では地方の人に連帯責任を負わせるようなもの。それは運営者側のエゴでしかないと思うんです。」

3Dバーチャルライブを実現させたその先にあるものとは

現在、株式会社エンバウンドでは草津温泉のキャラクター「草津結衣奈」を3Dキャラクター化したバーチャルライブを計画している。今回のクラウドファンディングは、その資金調達を目的としたものでもある。
「草津結衣奈は約120名の「温泉むすめ」キャラクターの中から各地域の代表的な9人のアイドルで結成されたユニット「SPRiNGS」のセンターポジションなのですが、彼女を3D化して声優さんと同時にステージに立つ、いわゆるハイブリッドライブを年末に実施しようと考えています。おそらく日本では今まで行われたことのない、次元の壁を超えたエポックメイキングなライブになると思います。」
さらに、この3Dバーチャルライブが成功した先には、各地の「温泉むすめ」キャラクターを3D化し、サイネージのようなディスプレイを用いた双方向コミュニケーションが可能な地域の案内役としての展開も準備中だという。
 約3,000年の歴史があるとされる「温泉」という古くからの日本の文化と「アニメ」という新しい日本の文化を融合させ、多くの人々の愛情と熱意で育む「温泉むすめ」プロジェクトが、来たるべき観光立国日本の一翼を担う日が来るかもしれない。