ストーリー
デザイン家電など、さまざまなプロダクトを手がけてきたクリエイティブ総合商社amadana(アマダナ)株式会社が、あらたにコーヒーブランドをプロデュースする。ブランドの名は「Beasty Coffee by amadana」。提供するのはプロダクトだけではない。本当においしいコーヒーを自分でハンドドリップする体験で、日本とアジアのコーヒー文化を深耕する。コーヒー事業にかける思いと展望、プロジェクトマネージャーでデザイナー/プランナーの松林聡氏、生豆の仕入れから淹れ方までを監修するバリスタの尾籠一誠氏、そしてamadanaの創設者であるCEOの熊本浩志氏にうかがった。
日本人にとっておいしいコーヒーを追求するための3要素
世の中にはコーヒーがあふれている。言い換えると、それだけコーヒーが好きな人達が世の中にいる。その日常に1杯のコーヒーをハンドドリップで淹れる喜びを創造するために、「Beasty Coffee by amadana」のプロジェクトがスタートした。
ハンドドリップへのハードルを下げて、本当においしいと思える1杯を淹れるために、異業種間に断片的に存在しているコーヒーの「器具」「豆」「サービス」の3要素を同じスタートラインに並べて展開することがブランドのコンセプトだ。
「せっかくハンドドリップをするなら、本当においしいコーヒーを飲んでほしいと思いました」
そう話すのは、プランナー/デザイナーの松林聡氏(amadana)だ。前職のハリオグラス株式会社(現HARIO株式会社)では、10年近く調理器具、コーヒー器具の企画・デザインを手がけていた。器具があってもユーザーがおいしいコーヒーを淹れられるとは限らない。おいしいコーヒーのレシピを素材から提供することはひとつの考え方として持っていた。
「豆、焙煎、抽出にこだわったスペシャルティコーヒーが普及して、これだけいろいろなコーヒーがあるのに、コンビニや缶入りのような安価なコーヒーも意外と好まれていて、それで十分という人はたくさんいます。今、コーヒーの考え方の最先端は、単一品種の苗木から収穫されたシングルオリジンのピュアな豆をなるべく浅く焙煎して、持ち味を最大限に引き出して飲ませることですが、クセや酸味が強すぎておいしく飲めない経験をしている人も少なくありません。海外から入ってきたコーヒーブランドによってハンドドリップがトレンドになりましたが、それは昔から日本の喫茶店のカウンターにある風景です。日本の喫茶店文化がもとになっているのなら、日本人やアジア人に対しておいしいコーヒーを素直に提供したいと思いました」と松林氏。
シングルオリジンは、畑で採れた野菜をそのまま軽くソテーして食べるような軽やかなもの。それよりも、料理・味付けをしっかりしたほうがよりおいしいと感じる人が多いのではないかと仮説を立てた。「料理・味付け」に当たるのが、焙煎・ブレンドだ。
「日本のコーヒー文化はブレンドありきで始まりました。昔はいい豆が流通していなかったので複数の豆を混ぜて深く焙煎して苦みを出すことでカバーしていました。今は流通がよくなって品質のいい豆が手に入るので、おいしさを出すためにブレンドをします。」
そう話すのは、監修/バリスタの尾籠一誠氏(おごもりいっせい/ISSEI OGOMORI 珈琲研究所)。サザコーヒー勤務時代に、コーヒー競技会(ジャパン ハンドドリップチャンピオンシップ2013、ジャパン ブリューワーズカップ2014)で史上唯一、ダブルチャンピオンとして日本一に輝いた実績を持ちながら、独自のネットワークで生豆生産・仕入れ~抽出提供までを担える世界でも貴重なコーヒーマンのひとり。
「Beasty Coffee by amadana」では、シングルオリジンとしても使える上質な豆を尾籠氏の監修のもとにブレンドした、ダーク、スタンダード、フルーティの3種類のオリジナルコーヒー豆(粉)をEコマースや取扱店で販売する。
アナログとデジタルの融合による新しいコーヒー体験を提供する
「ハンドドリップ器具を提供する価値は、ユーザーがおいしいと思う好みのコーヒーを自分の家でも淹れてもらえることができることです。そこにメソッドが入ることで味に違いが出ることは面白い文化でもあると思います。ただ、自分で淹れるだけに味がばらつきやすいので、豆の素養も知ったうえでレシピをお伝えする必要があります。そのために、器具、豆、サービスを同じスタートラインに並べて提供したいと思いました」と松林氏は事業への思いを語る。
「Beasty Coffee by amadana」は、サービスとしてオリジナルWEBサイトやアプリでコーヒー豆の特性に合わせた淹れ方を動画で配信する。ユーザーは、オリジナルのコーヒー豆をECサイトやアプリで購入し、プロのバリスタが淹れる動画を見ながら自分で同じおいしいコーヒーを淹れることができる。
「コンセプトの柱のひとつが、ビジュアルコミュニケーションです。説明書を読むよりもビジュアルコミュニケーションのほうがユーザーに伝わりやすいので、説明書ではなく、動画と写真を重視したWEBサイト・アプリを作り、ユーザーが目で見て確認できる仕組みを提供します」と松林氏。同時にブランドのコンセプトをアナログで体験する実店舗の展開も含めて、「Beasty Coffee by amadana」のファンを増やしていく。
「実はコーヒーの淹れ方はプロにとっても難しく、経験が必要ですが、WEBサイト・アプリではそのからくりをわかりやすく簡単に見せていきます。店で聞いてわかったつもりでも、家に帰ると記憶が曖昧になりますよね。もし動画を見ながら一緒に作ることができたら、家でもおいしいコーヒーを飲んでもらえるんじゃないかな。これからコーヒーを自分でドリップして飲んでみたいという人達が、安心して始められることを大事にしています」と話す尾籠氏自身が、抽出技術を伝えることにワクワクしている様子がうかがえた。
ハンドドリップ器具は、一般の人からプロまでレシピを再現できるデザインを追求し、日本の伝統を語るメイド・イン・ジャパンにこだわった。
ドリッパー本体は佐賀県有田製。内側にあるリブ(溝)は新形状を開発した。リブはペーパーをドリッパーに密着させないようにするものだが、溝の角度を不均一にすることでペーパーの密着がしづらく空気の通り道が生まれやすくなっている。コーヒー液が早く落ちすぎたり、逆に時間がかかりすぎたりすることのないようにバランスを狙った形状だ。
「この形状を作るために有田焼の窯元を当たりましたが、図面を見せただけで断られる場合が多く、ようやく協力していただける窯元を見つけることができました。有田焼にこだわった理由は“伝統”です。生地作りから焼成に及ぶ職人の伝統技術、混ぜものをしない国産の土など、有田焼は世界中で多くのバリスタが信頼するブランドなのです」と松林氏。有田焼の計量スプーンは窯元との共同開発。所作と収納性を追求したユニークな形状だ。
有田焼のマグカップはバリスタの尾籠氏の完全監修。アールのついた飲み口が特徴だ。
「コーヒーマグは昔から筒状タイプのものが主流ですが、監修マグでは飲み口にアール形状を設けました。これは、スペシャルティコーヒーが持つ豊かな風味を口の中隅々までコーヒーが行き届くことで繊細で複雑な味を楽しむことができる構造になっています。以前より、考えていた構造なので実現できて嬉しいです。」
コーヒーを淹れるときの湯温は、浅煎りでは高温。深煎りでは低温とそれぞれですが、適温がわかるようにアナログの温度計を付けたドリップケトルは、新潟の燕三条製。耐熱ガラスサーバーは、日本で唯一の国産耐熱ガラスメーカーのHARIO社製だ。
コーヒー器具を手に取りながら話すふたりの表情には、コーヒーへの深い愛情が滲み出ていた。
愛がすべて。数値化できる競争ではなく、文化をつくることを大事に
ここで、amadana創設者でありCEO/代表取締役社長の熊本浩志氏が口を開いた。
「事業においては愛情がすべてだと思っています。世の中のだいたいの経営判断は数字でしかありませんが、私達はいつまでにいくら儲かるかというスタンスの商売はしていません。人の心が動くところにビジネスはあります。私のほうが松林よりもたくさんコーヒーを飲んでいるけど、コーヒーへの愛情はかないません。事業のノウハウはいくらでも転がっているので真似することはできますが、絶対的な愛情を持つ人でなければ価値は作れません。」
amadanaは、熊本氏らが2002年に設立した株式会社リアル・フリートの家電ブランドとして、2003年に立ち上げられた。そのブランド名が現在の社名になっている。
「私達が大事にしてきたことは、文化を作ることです。単純に数値化できる競争はやらないと、最初に会社を作ったときから決めています。数値化できる価値とは、目的地までいくらで何分で行けるとか、これだけ短くした、これだけ軽くした、これだけ速くした、これだけ大容量になったとかです。もしそれがスペックとして備わっていても、価値として謳うことはありません。そういうソリューションが必要とされていた時代もありましたが、現代のように市場が成熟すると、人は心でしか動きません。数字に置き換えられない価値を私達はビジネスにしています。数値化した競争とコーヒーの味は関係ありませんよね。いかにたくさんの愛情を伝え切るかが、今、すべてになっています」と熊本氏。
これまでハードウェアを生業としてきたamadanaだが、それだけでは文化を作ることは実現しない。ハードはあくまで手段と位置付け、プロダクトをデザインするだけではなく、ブランドを作り、体験をデザインする会社へと進化を遂げている。
その先に熱狂する人がいるマーケットでブランドを創造
コーヒー事業の展望を、熊本氏は次のように語る。
「コーヒーを好んで飲む人は、スペシャルティコーヒーだけでなく、コーヒーチェーンやコンビニのコーヒーも飲むし、缶コーヒーも飲むと思うんですよ。ひとりの人間がいろいろな消費をするのが、今の時代。コーヒーはサービスが多様化しているマーケットですが、それがコーヒーが好きな人の選択肢を増やしているので、私達もその中に入っていけばいい。音楽や写真もそうだと思います。本当に好きな人は、デジタルでもアナログでも楽しむ。例えば、無料音楽配信アプリで世界中の何千万曲にアクセスできるようになると、大事にしたい曲はアナログの所作を使ってレコードで聞きます。興味がなければアプリでもアナログでも聞かないでしょう。」
「Beasty Coffee by amadana」のターゲットは、コーヒーが好きなすべての人達。おいしいコーヒーを飲みたいと思っている人、たまには自分で淹れてみたいと思う人、これからコーヒーを飲んでみようと思う人。そこに年齢や性別は関係ない。コーヒーが好きな人へ選択肢のひとつを提供することで、コーヒー文化を深耕するブランドを目指す。
「器具、豆、サービスを広く浅く提供するところから、ファンや熱狂的な人達にサブスクリプションを含めてさらに深堀りしたサービスを提供できるのはひとつの未来だと思います」とブランドのこれからを語る松林氏。
この9月、「Beasty Coffee by amadana」の実店舗が奥渋にオープンする。尾籠氏のハンドドリップを実際に見て、聞いて、器具と豆にふれることができる。これまでコーヒーを自分で淹れたことがなかった人に、ここがコーヒーを始める入口になるかもしれない。
音楽、スポーツ、そしてコーヒー。amadanaの事業は多岐にわたるが、やっていることはひとつ。その先に熱狂する人がいるマーケットでブランドを作ることだ。