ストーリー

世界中のアニメを学ぶ学生のため、製作委員会以外のスキームを確立するため、学部長・教授が新しいアニメ製作に挑戦

2019年12月より、全国劇場で上映予定の新作オリジナルアニメ「サンタ・カンパニー ~クリスマスの秘密~」。この作品を製作する株式会社KENJI STUDIOは、アニメをはじめミュージックビデオやCMなどジャンルを問わず映像制作などを手がけるクリエイティブカンパニーでありながら、その活きたノウハウを教育業界に向けて発信し、カリキュラム形成や教材開発、講演事業なども行っている。今作の製作費調達のひとつとして一般のかたがたからもクラウドファンディングを通じた調達を計画。その真意を代表取締役で映像監督(今作では脚本・監督を担当)、大阪成蹊大学芸術学部長も務める糸曽 賢志(いとそ けんじ)氏にうかがった。

特殊な経歴と幅広い実績について

「元々は漫画家になりたくて、学生の頃から少年ジャンプの編集部に通っていました。この頃にできる作業は全部自分でやる癖がついた気がします。クリエイティブの分野でも利益を生むまでは少人数で効率的に作業することって私には重要に思えますし。同時期に宮崎駿監督が募集した新人演出家オーディションみたいなものがきっかけでジブリ演出を学ぶ機会を得ます。今までファンとして見ていたクリエイターのそばに置いていただくことで、世界と戦っている人の姿勢や考え方の一端を10代で見ることができたのは貴重でした。それから多くの商業作品に携わらせていただきましたが、私にとって大きかったのは節目で著名クリエイターに出会えて仕事をご一緒できたことでしょうか。」
と語るのは代表取締役の糸曽氏。クリエイターとしての実績はもちろん、プロデューサーとしての実績も数多く持ち、その特殊な経歴は他に類を見ない。

「例えば、実写作品の監督のオーディションで審査員に大林宣彦監督がいらっしゃったので、受かった瞬間にプロデューサーになってください!ってお願いしたこともあります。笑顔で、もちろんいいとも、とおっしゃってくださったので、じゃあ大林組を丸ごと貸してください!って。結果、初監督作品は大林組スタッフで撮影するという経験をさせていただきました。周りを凍りつかせる空気の読めないお願いでしたが、それを受け止めてくれた心の広い大林監督には今も感謝しています。それがきっかけで実写作品にも参加させていただく機会も得ました。今は縁あって大阪成蹊大学で教鞭をとらせていただきつつ、学部の経営に携わっていますが、教育者・研究者として大事なこともすべて、先輩クリエイターの皆様から教わった気がしています。自分のやってきたことが正しいかはわかりませんが、大事にしているのは考えること、実践することです。」

投資型クラウドファンディングに取り組む理由

「アニメーション製作における資金調達方法としては製作委員会方式が一般的です。製作委員会というのは作品を作るうえで必要な資金を複数の企業や投資家から募り、それらメンバーで組成した団体のことを呼びます。各出資者は自分たちの得意分野で作品を営業し貢献することで利益を生むので作品にとってメリットも多いですが、出資比率に応じて権利を分配して有するため、作品の自由度が低くなることもあります。何事も表裏一体なので、私は製作委員会に対して否定的な気持ちも特には持ち合わせていませんが、せっかくモノづくりをするなら、何を作るかだけでなく、どう作るか、どう展開するかも考えながら動いたほうが自分なりの道ができると思ってはいます。」

糸曽氏は2018年にYahoo!のトップニュースに、製作委員会に頼らないアニメ製作のスキームを実現したとの記事が掲載されて話題を呼んだ。そんな糸曽氏とクラウドファンディングの関係を聞いてみた。

「クラウドファンディング自体に興味をもって挑戦したのは2013年が最初です。当時国内ではクラウドファンディングのプラットフォームが立ち上がりつつあった頃で、ほとんどの人がまだそれが何かよくわかっていない頃だったと思います。国内のサイトを利用してオリジナルアニメーションの製作資金の一部を募集したところ目標額に達せず、失敗に終わりました。プロジェクトを出せば勝手に集まるという安易な発想で物事を進めたためです。失敗原因を探っている際に海外の人たちからメールが届き「君のプロジェクトは海外ならお金が集まる」と書いてありました。驚いたことに、お金を出してくださったかたの大半が海外の人だったのです。なら海外のクラウドファンディングに出そうと考えて調査したところ、製作資金の使用用途やジャンルによってクラウドファンディングのサイトも選ぶ必要があるとわかりました。結局「Kickstarter」という購入型のクラウドファンディングサイトで募集を開始するのですが、前回の失敗を踏まえ募集期間中もさまざまなニュースをリリースしたり、イベントを開催したりとあの手この手を試しました。世界中に募集していると時差があるので、ほぼ24時間対応に追われましたが、ファンと一緒に作っているという熱量を感じ刺激的な日々を過ごすことができたのを覚えています。」

糸曽氏は、過去4度Kickstarterにてプロジェクトを立ち上げそのすべてを成功させている。また、クラウドファンディングで最も短時間で100万ドルを集めたビデオゲームプロジェクト(1時間42分)としてギネス記録に認定経験もあり、今までに自身がプロジェクトで集めた資金累計額は8億円以上。今回はなぜ、投資型クラウドファンディングに挑戦するのか。

「作品に関わる仲間を増やしながら、一緒に製作委員会方式以外の方法でアニメビジネスをさせていただきたいと考えたからです。Yahoo!ニュースのトップに掲載された際に、多くのかたからお声がけいただきました。Sony Bank GATE のご担当者さまともその縁で知り合い、1年近く一緒に企画を考えてきました。映画作りはお祭りと一緒です。特別な経験を共にできる環境づくりが可能になるならばよい方法ですし、初めてのことに挑戦するのが生きがいなので、考えながら動いてみることに決めたんです。」

モノづくりとビジネスセンスが噛み合ってこそクリエイター

クリスマスにサンタクロースがプレゼントを届けてくれる、子供の頃に誰もが持っていた夢物語を継続させるためにはさまざまな問題が思いつく。クリスマスに一晩でプレゼントを届ける方法、そのためにかかる費用の捻出方法、普段サンタはどうやって生計を立てているのか、それらの答えがこの作品には詰まっている。サンタクロースは「サンタ・カンパニー」という会社に属している。「サンタ・カンパニー」は「サンタ部」「プレゼント部」「トナカイ部」の3つの部署から成る大手企業。クリスマスイブには3つの部署が協力し、親御さんたちからの依頼を受け、自社自慢の能力を活かして安全にプレゼントを運ぶ還元祭を行う。…というのが、アニメ「サンタ・カンパニー」の概要。

「クリスマスの奇跡が、資本主義で成り立っていることをアニメ作品として描くわけですが、その中に働くことの意味や親子や友情の物語などの要素を詰め込んでいます。エンタテインメントを通じてさまざまなことを感じ取ってもらい、考えることに繋がればというのが私の狙いです。」

「サンタ・カンパニー」では、アニメファンだけでなくファミリー層に楽しんでもらうことをテーマにしているので、キャラクターデザインやストーリーもできる限り多くの意見を聞いて作成しています。

「また、今後のクリエイターや研究者は類い稀な才能を持っていない限り、表現力や技術だけでなくビジネスセンスがないと生き残っていけないと考えています。偉そうなことを言うようですが、好きなものを好きなように作るのではなく、社会に求められている事柄や課題を解決するしくみを考えながら、その作品に自分のやりたいことを落とし込む能力が求められるからです。」

上述したとおり、「サンタ・カンパニー」は製作委員会方式以外の方法で製作するためのひとつの手段として投資型クラウドファンディングを活用する。その理由を糸曽氏は次のように語る。

「当社が製作委員会以外の手法を用いる一番の目的はやはり、著作権の所持です。オリジナルアニメを企画している以上、権利を分散させずに自社の意思ですべての展開を自由にしたいと考えています。もちろん製作委員会方式を否定しているわけではありませんので、その利点も活用すればよいと思っています。著作権は渡さず、協業パートナーさんたちには、ブルーレイやDVD、グッズの販売など各々が得意とする役割を担ってくれた分に対するメリットがあるように座組を作っています。今までは自社で100%出資して、権利も100%持つというやり方をして作品製作を行ってまいりましたが、そうするとコンテンツの広がりも狭めることになります。そのため今回のプロジェクトでは、コンテンツを大きくしていくための仲間づくりは行いつつも、権利は当社に一元化するという試みを行います。」

投資型クラウドファンディングから得られる個人投資家の直接的な応援によるファン層の拡大と、協業パートナーのビジネス展開の相乗効果を狙いつつも著作権自体は糸曽氏に残る仕組みは斬新であると言わざるをえない。作品のクオリティ担保、ビジネス面での仕掛け、この「両輪」を海外を視野に入れて実践できる能力とセンス持ったクリエイターは、大変珍しく新たなことに挑戦しつつも結果を残していける力があるように思える。

日本のアニメ作りを教材にして世界に発信したい

「著作権を100%所持して自由に展開したいと考える理由のひとつとして、私自身の手で教材を開発したいからというものがあります。私は美術系大学や専門学校、美術系高等学校にお世話になる機会が多いのですが、どの学校からもアニメーションを学びたい学生に提供する教材に困っているというお話をうかがいます。製作委員会方式で製作された作品の権利は分散しているため教材に使用することは難しいうえ、権利を所持しているのがクリエイターではなくビジネススキームを考えているテレビ局やレコード会社といったケースが多いので、アニメの作り方を伝えることが難しいのも理由のひとつです。またアニメーション制作には特殊な技術が求められるうえに、分業が進んでおり全工程を把握しているスタッフは数少ないのが現状です。さらにデジタルの進化に伴い、手法も変化してきており現役のクリエイターであり続けることも活きた教育を行ううえでは必須です。それらの理由から、クリエイター自身が著作権を所持しながら教材を制作して教育機関に展開するスキームを作れる人材は限られており可能性を秘めています。実際、私自身が数年前から周りの教育機関と提携して行っているビジネスでもあるので、今作を機に拡大していき、より多くの学生に実践的な教材を届けていきたいと考えています。」

「教材について、背景とキャラクターを描く方法を例に解説させていただきます。学生からキャラクターは描けても背景が描けないと質問を受けることが多いんですよね。それを理屈で説明する際に用いる教材のひとつになります。描く絵は『ドアの向こうでの会話を盗み聞きする子供たち』です。上記①の画像は、撮影者のカメラの高さ(目の高さ)を紫の線で表しています。この線をアイレベルと呼び、消失点と呼ばれる点をひとつ決めます。②ではそこからパースの線を引っ張って背景の基準をはかります。」

「こっそり盗み聞きしている学生を、こっそりと撮影している設定なので、カメラの高さは大人が身体を小さくして見つからない様にかがんでいる高さにしています。③はそれらを意識しながら細部を書き込んでいった線画です。窓を配置することで外の天気や時間も一目でわかるように構成しています。④はそこにキャラクターを配置した状態です。」

「キャラクターたちの絵を拡大したのが⑤になります。重なっているキャラクターの表情が各々わかるようにポーズを工夫して描いており、同時に各々の性格も表しています。赤字は影などの色を塗る際の指示です。⑥は最終的に色を塗った画像になります。ちょっと要点だけを紹介したので詳細は省いていますが、このように書き方だけでなく構図を決める際の工夫や演技の意味なども学びながら、作業工程をソフトウェアの使用法なども含めて解説しています。何を伝えるために絵を描くのか、そのためにどう描けばよいかを学ぶわけですね。わかりやすく言うと、プロの作成した素材を使用して、なぞりながら学べるカリキュラムとなっています。」

作品を作ったからといってそれで終わりという時代ではない。その作品を最大限利用して、さまざまな仕掛けを考える。糸曽氏の教材開発の視点は自身が教育者であるという視点で感じた課題を解決する施策であると同時に、その教材で学んだ学生はおのずと作品のことを細部まで知ることになるので、結果知名度向上にも繋がるのだ。

オリジナル作品を作り続ける理由

現代を生きていて感じる不満や、変えたいと思うこと、それらの想いを原動力にエンタテインメント化することが、オリジナルアニメを作る意味であると語る糸曽氏。
これだけ思考を巡らしているクリエイターが製作する「サンタ・カンパニー」は、ファミリー向けの殻をかぶっているが、奥深くにはさまざまな要素が眠っており、噛めば噛むほど味が染み出てくる作品となっていることは間違いない。最終的にどんな作品が仕上がるのか、どんな展開を見せてくれるのか、2019年末の公開が楽しみだ。