ストーリー

作業や日常生活の中でサポートを必要とする人たちの苦しみを解決するための答え。それがマッスルスーツ

電力を必要とせず、空気圧式の人工筋肉によって装着者が重いものを持ち上げたり、前傾姿勢で長時間作業したりする際の動作をアシストし、腰への負担を軽減するウェアラブルロボット『マッスルスーツ』。既に、介護・福祉、工場、建設現場、農業など身体を酷使するさまざまな現場で採用され、高い評価を受けている装着型ロボットである。この製品の開発販売を行う、株式会社イノフィス代表取締役 CEOの古川 尚史(ふるかわ たかし)氏、企画部 広報担当の森山 千尋(もりやま ちひろ)氏に話を聞いた。

人の代わりではなく、人を支えるロボットの開発に挑む

大型工場などオートメーション化が進んだ作業現場では、人間に代わって機械が重労働を担っていることはよく知られている。しかし、未だに人間が自分の力で重いものを運ぶなど、過酷な労働の現場も多々ある。そのような職場環境で働く人たちの問題が、作業に起因する腰痛。「4日以上の休業を要する職業性疾病」のうち約60パーセントを占めるのが腰痛だという現実がある。この状況を改善し、人をサポートすることを目的に開発されたのが、「腰補助」に特化した株式会社イノフィスのウェアラブルロボット『マッスルスーツ』である。

株式会社イノフィスは東京理科大学発のベンチャーとして、2013年12月に設立された。その経緯は2001年にさかのぼる。『マッスルスーツ』の開発者である東京理科大学の小林宏教授が、障害などにより自力で動けない人を動けるようにすることを目的に、動作を補助するロボットの研究開発に着手したことがきっかけであった。

「当初は、腰ではなく腕の動きをサポートするロボットの開発を進めていたんです。プロトタイプを製作しては、実際に力仕事を行う現場のかたがたに使っていただいて装着感などの感想を伺っていたのですが、現場から聞こえてきたのは腰痛に悩んでいるという深刻な声でした。そこで、2006年から腰の補助に特化したロボットの開発に着手、2013年に腰補助用『マッスルスーツ』の実用化に成功。それに伴い、商品販売するために株式会社イノフィスを設立しました。」

と語るのは、2017年より代表取締役社長兼CEOを務める古川氏。
2014年に初期モデルを発売以降、ユーザーの声を活かしながら改良を加えたモデルを開発。今年9月には、より軽量化とコストダウンを図った新モデル『Edge』を発売した。2018年現在、『マッスルスーツ』は国内の約1,600社で採用され、約3,500台が出荷されており、ユーザーは北海道から沖縄まで全国に拡がっているが、まだ知る人ぞ知る存在。一般の認知度の低さが現状の課題であると古川氏は言う。

「私自身、現職に就くまで『マッスルスーツ』の存在を知らなかったんです。手前味噌になりますが、こんなに良い製品なのに、まだまだ人に知られていない状況にあります。まずは、多くの人に存在を知っていただくことが大きな課題。一度使っていただければ、『マッスルスーツ』の良さ、必要性を実感いただけると確信しています。」

動力を電気に頼らないからこその高い汎用性

人間の動きをサポートするロボットは他社からも発売されている。だが、それらの製品と『マッスルスーツ』が一線を画すのは、まず第一に動力である。古川氏は、その点を特異性であり優位性であるという。

「製品の特長は、空気で動く人工筋肉を採用している点ですね。モーターを使っていないので充電する必要がありませんから、時間を気にせず使用いただけます。使い方も小さな手押しポンプで人工筋肉に空気を送り込み、自分が必要とするパワーに調整するだけ。アナログ作業ながら細かいパワー調整が可能となっています。また、装着についてもリュックサック感覚で背負うタイプなので、本体を背負ってからベルトを調節するだけ。複雑な操作は一切ありませんし、いつでもどこでも使えるところも他社の類似製品とは異なる大きな利点ですね。年齢性別を問わず、誰もが安心して使えるロボットなんです。」

『マッスルスーツ』を利用しているユーザーからは「とても安全だ」という声が一番多く届くそうだが、それと共に聞こえてくるのは「もう少し安くならないの?」という価格に関する要望なのだとか。
それこそロボットを用いたオートメーション化された工場で大量生産を行えるならばコストダウンも容易かもしれない。だが、『マッスルスーツ』は無垢のアルミを削り出した部品を多用するなど、優れた技術で手作りしている。さらには、100万回に及ぶ耐久試験を行ったうえで製品化されるなど、高いレベルで安全性を追求している。まさに価格に見合った製品といえるのだが。

「やはり、多くの人に使っていただくにはコストダウンを考えなければいけません。企業努力で、もっと安くて使い勝手の良い製品を提供していきたいと考えています。その一つの形が新発売となった『Edge』なんです。」
ユーザーからの要望を受け、前モデルよりも軽量かつ価格を抑えた新モデル『Edge』。だが、株式会社イノフィスの挑戦は、それだけにとどまらないのだ。

人をサポートする、本当に役に立つロボットだけを作り続けたい

株式会社イノフィスでは設立以来、腰の補助に特化した『マッスルスーツ』の販売を行ってきたが、それと並行して新たな作業支援用ロボットの開発も進めてきた。2018年10月に発売が開始された、腰と腕を同時に補助する『マッスルアッパー』が、その一つである。この『マッスルアッパー』は、腰部よりも高い位置まで重量物を持ち上げたり、身体から離れた場所に重量物を置くことが可能。一般のクレーンは固定設備となるが、このロボットは駆動源となる空気を供給するコンプレッサー用の電源さえあれば、自由に持ち運びができるため、主に製造業、物流業など重量物を扱うシーンでの利用が想定されている。さらに現在は、寝たきりのかたなどが歩くのを助けるロボットの開発が進められているという。

日本では身体的な負担を伴う労働環境を有する産業の就業率が低く人手不足の状況にある。加えて少子高齢化が進むことで、人手不足問題はさらに深刻化することが想定されている。特に介護・福祉の現場は高齢化による利用者の増加により、今後より多くの働き手が必要になるだろう。貴重な労働力を確保し雇用を安定させるうえで、作業支援用ロボット『マッスルスーツ』は、その解決策の一つなのだ。

「年齢性別問わず、本当に多くのかたに『マッスルスーツ』を知っていただき、ご活用いただけるといいですね。たとえば働き始めたばかりの若いかたでも、これから働き続けるために身体への負担を減らすという心がけを、マッスルスーツによって日々積み重ねていっていただけたらと思います。」

と語るのは、企画部広報担当の森山氏。また、代表取締役社長の古川氏は作業支援用だけではなく、自立支援やリハビリテーションといった医療機器としてのロボット開発を考えているという。

「リハビリを受けるにしても、人間が24時間患者さんをサポートすることは不可能ですよね。でも、ロボットならばそれが可能なんです。ずっと患者さんに寄り添ってサポートし続けることができる。それによってロボットの機能が向上することも考えられます。イノフィスの企業理念は『生きている限り自立した生活を実現したい』というもの。そのために私たちは人間を支援する技術を追求する。あくまでも主役は人。私たちはロボットを開発することでサポーターに徹する。そしてサポートを必要とするかたがたの助けになりたい。それが私たちイノフィスの想いなんです。」

ヒト型ロボットや四足歩行のロボットなど、まるでSF映画に登場するようなロボットが注目を集めているが、私たち人間にとって必要なのは、人をサポートし、人と共にある『マッスルスーツ』のようなロボットなのかもしれない。