ストーリー

「これは社会の役に立つ商材。絶対、世に出さなければいけない」の一念で、商品化に成功

野菜と寒天のみを原料に、独自技術を用いてわずか0.1ミリのシート化に成功した『ベジート(VEGHEET)』。野菜の栄養価と旨味をそのままに高い保存性も誇る、他に類を見ないエコ&安全な新食品である。「国内のみならず世界のマーケットを視野に入れて展開できる商品であると自信をもっています」と語る、株式会社アイル代表取締役 CEOの早田 圭介(そうだ けいすけ)氏に話を聞いた。

エコロジカルな事業に地域再生の光を見た

「すごい衝撃を受けて、鳥肌が立ちました。こんなことができるのだと」
そう語る早田氏が『ベジート』のプロトタイプとなる野菜のシートに出合ったのは、1998年のことだった。大学卒業後、証券会社勤務を経て、故郷である長崎県平戸市で食品卸業を営む家業を継ぎ、独自にマーケティング活動を始めた頃だった。早田氏は、一次産業と三次産業で成り立つ平戸市の収益構造のいびつさに気づき、故郷への想いからある決心をする。

「モノ作りをすれば必ずこの町は良くなる。そう思い、製造業に取り組もうと心に決めたんです」

地元の製造業を調べていく中、某海苔メーカーが試作していた野菜のシートに出合う。これが『ベジート』のプロトタイプである。当時は、地元の農家から仕入れた野菜を原料に、黒海苔を作る機械を用いて野菜のシートを製造していた。この機械を所有しているのは地元の海苔生産者たち。しかし、漁期の関係から機械を稼働させるのは半年だけ。製造をアウトソーシングしてオフシーズンに野菜のシート作りをすれば、1年を通じて収益を手にすることが可能となる。

一方、仕入先となる農家では、規格外で市場に出せない野菜を大量に廃棄している現実があった。処分をするにも費用がかかり、農家の経営を苦しめる一因ともなっていたのだ。野菜はすりつぶしてシート状にするのだから規格外のものを使用しても何の問題もない。処分するはずの野菜を販売できるのだから、農家にとってもプラス要素しかない。つまり、生産者である農家、製造を担当する海苔生産者、安全な野菜を簡単に摂れる消費者、その全てが「三方よし」の関係になれる事業だと早田氏は直感したのだという。

早速、この商材に着目した複数の企業とともに出資を行い、会社を設立。取締役となった早田氏は仕入れと販売を担当した。だが、理想と現実には大きな隔たりがあった。この野菜のシートには課題となる問題が山積していたのである。

「まず、食感が悪かったんです。当初のシートは今の5倍ぐらいの厚さがあったためゴワゴワして口どけが悪い。しかも、製造してから一週間も経つと色が落ちてしまう。さらにはコスト面の問題もありました」

そんな矢先、中心的な役割を担っていた某海苔メーカーが倒産。出資企業も相次いで撤退。それまでに多額の投資を行なっていた早田氏自身も力尽きかけていたが、ただ一人事業の継続を決意する。それを支えたのは、「これは社会の役に立つ商材。絶対に世の中に出さなければいけない」という信念だった。

試行錯誤の末、自らが開発者に

2004年、野菜のシートの製造事業を引き継いだ早田氏は、自ら商品の改良に取り組んだ。様々な大学や研究機関の協力を得て試作を続けたが、満足できる味にはならないうえに、変色の問題も解決しない。まさに試行錯誤の日々を繰り返した。

早田氏自身は学者でも開発者でもないが、関連しそうな文献を読んでは仮説を立て、実験を繰り返す中で変色しないオリジナルの技術の開発に成功する。

さらに、食感を良くするためには薄さの限界にも挑戦しなければならなかった。そのためには従来の黒海苔製造用の機械ではなく、専用の機械が必要となる。この機械の開発も早田氏が自ら行ったという。

当時の開発秘話を笑顔で語る早田氏だが、その苦労は並大抵ではなかったはず。何しろ早田氏が事業を引き継ぎ、野菜のシートを『ベジート』として商品化するまでに、約13年もの歳月がかかっているのだから。

「ありがたいことに、本格的な商品化に至るまでに、いろいろな賞をいただくことができたんです。それが大きな自信となり、失敗を繰り返して折れそうになる心を支えてくれましたね」

直近では、農林水産省主催の「フード・アクション・ニッポン アワード2017」

にて、全国1万点の中から受賞10産品に選ばれている。この受賞の後押しもあり、2017年9月から『ベジート』の本格的な販売を開始。現在、『ベジート』は流通大手のイトーヨーカドー(首都圏中心)の店頭、セブン&アイのサイトでネット通販による販売が行われている。

世界的な食品素材を目指して

「弊社は基本的にB to Bに特化した素材メーカーだと思っているんです。『ベジート』をベースに、いろいろな商品が誕生していけばいいと考えていますし、野菜だけではなく、さまざまな食材のシート化も検討しています」
当初、早田氏は『ベジート』を海苔の代替品として米飯を巻く素材と考えていたという。しかし、ある商談がターニングポイントとなり、発想の転換が図られたのだという。

「価格競争では海苔に勝てません。そうではなく、このシートでサラダを巻いて食べたらどうかと考えたのです。片手でサラダが食べられる新しいライフスタイルの提案にもなりますし、時短やダイエットの用途にも使える。何よりも、お年寄りや野菜嫌いのお子さんたちが『ベジート』を食べて笑顔になってくれる、健康になって喜んでいる姿を見たいと思ったんです」

株式会社アイルは素材として『ベジート』の生産と販売を行う。それをどうアレンジして使用するかは料理のプロなどに委ねたいと早田氏は考えている。そのため、『ベジート』に関心を示してくれたレストランなどには無償提供してオリジナルレシピの開発を行ってもらっているという。また、この秋には日本を代表する有名パティシエが、『ベジート』を用いたオリジナルスイーツを世界大会に出品する予定なのだとか。もし、このオリジナルスイーツが高い評価を受けたならば、『ベジート』の注目度もさらに高まることは想像に難しくない。

「すでに商品化されているのは、ニンジンとダイコンの2種類ですが、秋までにはホウレンソウ、カボチャ、トマトの販売を開始する予定です。試作では梅干しやお茶なども作っていますし、フルーツで作ってほしいという要望もいただいていたりするんですよ。2年以上保存できる食品でもありますので、災害時などの保存食としても活用していただき、皆さんに喜んでいただけるようになるとうれしいですね」

現在、株式会社アイルでは『ベジート』の全国展開に向け、量産体制を整えようとしている。多くの可能性を秘めたこの商品が、世界中で注目を集める日まで、早田氏をはじめ株式会社アイル・スタッフの挑戦は終わらない。