ストーリー

「誰もやらないなら、自分がやる————」。元金融マンが中古車流通市場の革命児になったワケ

CtoB(*)のライブオークションで実現するフェアな中古車流通市場。カープライスはなぜこの画期的なビジネスモデルを生み出せたのか。前職はメガバンク勤務だったという、創業者・梅下直也氏に聞く。

(*)Customer(消費者)からBusiness(業者)へ取り引きするビジネス

情報の非対称性が残ったままの中古車流通業界

「その車種でこの年式はキツいですねえ……」
中古車の売却をしたことがある人ならば、前時代的な交渉をしかけてくる買い取り業者にうんざりした経験がある人は多いはずだ。

カープライスの創業者・梅下直也氏もそのひとりだった。数年前、父親が「もう乗らないから……査定だけでも」と自家用車を買い取り専門業者に持ち込んだ。つき合いで同行した梅下氏は「衝撃を受けましたよ」と振り返る。

「『売る気がないなら査定額は言えませんね……』の一点張り(苦笑)。21世紀にこんなビジネスを、と驚きでしたね」(梅下氏・以下同)

理由は明解だった。

中古車売買相場は買い取り業者だけが知っているブラックボックス。個人から仕入れたクルマは業者のみが入れるBtoBのオークションを経て、ようやく中古車流通市場へ現れる。その間に多くの中間マージンが入った売値だけが、売り手となる個人が得られる中古車の情報だ。要するに、売り手と買い手の間に「情報の非対称性」があり、中古車流通市場は圧倒的な買い手市場だったわけだ。

「だから、私たちはそんな中古車流通市場をフェアにオープンにしました」と梅下氏は言う。
「私たちが開発した『ライブオークション』は売りたいクルマを持つ個人が、クルマを買いたい中古車販売店のオークションに出店できるこれまでにないしくみですからね」

落札のタイムリミットは“10分間”

中古車売却の新しいカタチを提案しているカープライス。その根幹にあるのが「ライブオークション」という斬新なしくみだ。

クルマを売りたいユーザーは、まずカープライスにWebか電話で無料査定を申し込む。すると近隣のパートナー契約をした店舗を紹介され、そこのスタッフがクルマの状態を検査。その後、「この金額を上回る入札が入ったら売却してもOK」という“ウリキリ価格”を設定して、ライブオークションに参加する。数日内に、インターネット上のオークションプラットフォーム「ライブオークション」にそのクルマが細かな検査データとともに出品されるのだ。

そう、検査はカープライス側で行うが、出品者はあくまで「クルマを売りたいユーザー」個人。そして、このオークションで入札をしてくるのが、現在全国で800社以上加盟している中古車販売店だ。

つまり既存の業者間のクローズドな中古車のBtoBオークションではなく、また値付けの根拠があいまいになりがちな個人間のCtoCオークションでもない。 “CtoBのオークション”であることが、ライブオークションの大きな特徴だ。

「中間業者が減りますから、売りたい個人のかたはムダな手数料を払わずに『高く売る』ことができる。それは買い手となる中古車販売店も同じで、中間コストが省ける分、『安く買う』ことができるわけです」

透明性にも保証がある。買い手の業者はもちろん、売り手となる個人も、実際の入札をネットを介してリアルタイムで見ることができるからだ。オークションの取引時間は10分間。その間に、ギリギリの競り合いをする買い手のやりとりをスマホやPC越しにみることで、「“買い手目線”で自分の中古車がどう評価されているか」が手に取るようにわかる。取り引きがガラス張りなので売却額が予想より高くても低くても“納得感”が得られるわけだ。

「特にウリキリ価格を超えると途端に多くの買い手のかたがたが、入札額をギリギリに上げて競ってくる。その息遣いまで含めて売買情報を売り手にオープンにする。これこそが納得感を抱いていただける理由なんです」

ライブオークションにより売却が成約したら、クルマと必要書類はパートナー企業を通して買い手側へ。その後、銀行振込で売り手側のユーザーにお金が入る。また成約時にユーザーから手数料として支払われる10,800円(税込)および落札者から受け取る落札手数料が、カープライス側の売上利益になる。

立ち上げは2015年。まだ若いサービスではあるが、すでに多くの顧客をつかみ、先述通りすでに全国800社の買い手(中古車販売店)のネットワークを持つ。取引額は右肩上がりで増加しており、じわじわと既存の中古車流通業界を変革させつつあるわけだ。

三方よしの優れたビジネスモデル。もっとも、梅下氏がゼロから創り上げたものではない。実はカープライスのビジネスモデル発祥の地はロシア。これを梅下氏は、世界有数の巨大な中古車流通市場を持つ日本にローカライズして立ち上げたのだ。

「実のところ中古車もクルマ業界も素人。元々は銀行員をしていた人間です。だからこそ、成功したのかもしれません」

「これは素晴らしい」と自ら手を挙げた

画期的なライブオークションシステムを開発したカープライスは、2014年、オスカー・ハルトマンと複数の共同経営者がロシアで立ち上げたものだ。

ロシアでこの画期的なオンライン中古車取引が生まれた背景には「遅れてきた新車ブーム」がある。ソ連崩壊後しばらくは一般市民が新車を持つほど所得がなく、日本などから年代物の中古車が多く流れていた時代があった。しかし2000年代、天然資源でロシア経済は絶好調に。それに伴い新車販売台数が爆発的に増えた。が、2014年のクリミア危機が起こると、新車が売れなくなる一方、中古車ニーズが高まる。ただ中古車売買の市場がなかったため、知人同士や張り紙での売買など、素朴なCtoCでの取り引きがメインだった。

このニーズを埋めたのが、CtoBでフェアかつオープンに、オンライン上で競りができる「ライブオークション」だったというわけだ。結果、カープライスはロシア最大のオンライン中古車取引会社に短期間で育っている。

「アフリカなどの固定電話が普及していなかった地ほど、スピーディにスマホが普及したのと同じ。空洞化して既存のサプライチェーンがなかったからこそ、利便性の高いオークションシステムが一気に普及したわけです」

そして2015年、このしくみで世界でも有数の中古車流通市場を持つ日本に進出しようと、創業者のハルトマンが来日。提携先を探すプレゼンテーションを実施した。

そのときに日本でのアテンドを担当したのが、梅下氏だった。東京大学経済学部で金融工学を学んだ梅下氏は、外資系投資銀行から内定も得ていたが、「将来は起業したい」とそれを蹴り、国内メガバンクで個人向けサービスを経験し、中小企業向け融資業務を行った。その後、ロシアへ7年間赴任し、30代前半でロシアに現地法人銀行を立ち上げる、という仕事をやってのけた。

「現地人材の採用、現地システム導入に加え、日本、ロシア、EUそれぞれの当局対応を行いながら立ち上げるという、なかなかクレイジーなプロジェクトでしたね(笑)」

帰国後は「いよいよ自ら事業を!」と退職。次の事業を模索しているところだった。

「ちょうどそのタイミングで、ロシア時代のツテからハルトマンの通訳として同行。彼と東京の企業を回り、『日本法人を立ち上げないか』と持ちかけていた。けれど、既存の会社はなかなか腰が重い。僕は彼のビジネスモデルをずっと横で聞きながら『このビジネスには大きな可能性があるのでは…』と感じていて」

ユーザー本位の新たな中古車流通市場の構築。冒頭で挙げた中古車売却における違和感も実感していただけに、そのチャンスを誰よりも感じていた梅下氏は翌日、動いた。

「ハルトマンが『日本では難しいビジネスかな?』と相談してきたので『まったくそんなことは思わない。自分がやる。一緒にやりませんか』と自ら手を挙げた、というわけです」

有能なエンジニアをそろえられるワケ

ゼロからのスタート。システムは日本向けにローカライズすることで対応できたが、売り手となる中古車販売店に加盟してもらうのは苦労した。

ただ、業界自体が危機感を抱いていたことが好機となった。中古車流通業界自体は縮小傾向にあるため、市場に質の高い中古車が出回りにくくなっていた。近年、大手の「買い取り専門」と銘打つ業者が、販売にまで手を出し、なおさら他の販売会社が、良質な中古車両を仕入れる機会が少なくなっていたからだ。

「直接ユーザーから仕入れられるライブオークションの強みはよく理解していただけた。お試し的に利用していただいて、少しずつそのメリットを実感してもらった感じですね」

さらに後押しになったのは、昨年三井物産と資本業務提携したことだ。大資本のバックアップを得たことが更なる信用につながり、加速度的に加盟する販売店が増えたという。

日本独自に力を入れたスキームがある。パートナー契約を結んだ中古車販売店や自動車修理工場などが利用する、中古車検査用の「検査アプリシステム」の開発だ。

CtoB取り引きの問題点は、買い手である業者側に満足されるような正確な検査を一般ユーザー側が提示するのが難しいことにあった。やはりプロの目が必要になり、業界内だけで通じる暗黙のルールや査定者の経験や勘に頼った値付けでは、透明性とフェアさに欠ける。

「そこで日本独自に検査アプリを作ったわけです。スマホにダウンロードすれば車種ごと、年代ごと、項目ごとに明確な中古車の査定が、レーティングのデータになって導き出せる。ライブオークションにそのまま使える中古車データがスピーディにできあがります」

この優れた検査アプリの存在が、カープライスのビジネスモデルを盤石にしているカギというわけだ。また、このカギを支える人材こそが、カープライス躍進の礎でもある。

「もっと使いやすくならないか」「こういう機能はつかないか」。パートナー企業から挙がってくる要望や課題をすぐに改善。磨き上げることで信頼を獲得し、期待に応えてきた。それができるのは「自社で優れたITエンジニアを抱えているからだ」と胸を張る。

「ご存じの通り、今IT業界では優秀な人材の取り合いが激しい。弊社のようなスタートアップが大勢を確保するのは大変ですが、弊社マネジメントは私を含めてほとんどが英語をはじめとした外国語が堪能。そこで日本にいる優秀な外国人エンジニアに的を絞ってヘッドハンティングしているんです。彼らの多くは『サービスを立ち上げてみたい』というモチベーションを持っている。けれど、日本のスタートアップでは実は英語ができる人間がそろっていないことも多いですからね」

こうして優れたビジネスモデルは、優れたグローバル人材への戦略に支えられて芽を出し、育ち始めている。資金面でも万全だ。では、このタイミングで、クラウドファンディングに踏み出した理由は何なのか?

「中古車業界では広く知っていただけていますが、一般ユーザーにはまだまだ。恥ずかしい話、『こんなにいいしくみなんだからもっと宣伝したほうがいいよ!』と利用者から言われますからね。クラウドファンディングで知名度を上げるのと同時に、調達資金は広告宣伝費として活用したいと考えています。私自身ももっともっとユーザーのかたがたに知っていただき、納得感を味わっていただきたいですから」

そして、梅下氏は言葉を続けた。

「一緒にやりませんか?」

次に手を挙げるのは、あなたの番だ。