プロを訪ねて三千里【第18回】吉崎達彦氏
「パワー」と「マネー」、マーケットを動かす二つの原理

米国政治の混乱が続いています。国家経済会議(NEC)の議長を務めていたゲイリー・コーン氏が辞任したのに続いて、トランプ大統領はレックス・ティラーソン国務長官を解任しました。政治のゴタゴタが経済や金融市場にどのような影響を及ぼすのか気になるところです。

テレビなどでのわかりやすい解説に定評があり、米国問題の研究家としても知られる双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦さんにトランプ大統領の手腕に対する評価などを聞きました。

吉崎達彦(よしざき・たつひこ)氏 プロフィール

双日総合研究所 チーフエコノミスト

富山県出身。一橋大学卒業後、日商岩井(現・双日)に入社。米国ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て2004年から現職。米国などを中心とする国際問題研究家、テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『溜池通信 いかにもこれが経済(日本経済新聞出版社)』、『アメリカの論理(新潮新書)』、『気づいたら先頭に立っていた日本経済(新潮新書)』など。

トランプ米大統領は「視聴率男」

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  • 尾河米ホワイトハウスの主要ポストからの辞任が相次いでいます。
  • 吉崎ティラーソン国務長官の退任は「レグジット」といわれています。「レックス・ティラーソン」だからです。そのうち、「アベグジット」とか…(笑)。
  • 尾河それはこわい話です(笑)。こんなにどんどんやめたら、日本だと首相の任命責任の問題に発展しますね。
  • 吉崎

    米国では任命責任についてあまり言わないですね。閣僚ポストの人選では議会の承認が必要ですが、補佐官などは大統領が好きに選んでも構わない。間違った人を選んだという理屈にもなりません。とはいっても、トランプ政権の場合には辞めすぎです。最も早かったのは国家安全保障問題担当だったマイケル・フリン大統領補佐官。わずか1ヶ月でホワイトハウスを去りました。その後、スティーブ・バノン首席戦略官が解任され、コーン、ティラーソン両氏も政権から離れました。

    もっとも、トランプ大統領の場合、就任前に経営していたトランプ・オーガニゼーションという会社でもそんな感じでした。オーナー企業の会社だと通常、信用できる「番頭さん」のいるケースが多いものの、同社にはいなかった。「信用できるのは家族だけ」という姿勢を71歳の今日に至るまで貫いてきました。だから、誰かを辞めさせるのに躊躇などありません。

    ティラーソン前国務長官が可哀そうだったのは、本人に告げる前にトランプ大統領がツイートしたこと。しかも、ティラーソン氏はアフリカ出張中でした。これは相当ひどい。
    ツイッターで解任をブチ上げたのは3月13日。同日実施のペンシルベニア州第18区の下院議員補欠選挙で共和党候補が不利な状況に置かれていました。だから、ここで何かしないと、共和党候補敗北のニュースが翌日の新聞記事1面トップを飾ってしまう。そう判断したのでしょう。

  • 尾河腹心を置かず、部下も信用しなければ、周囲の人たちもトランプ大統領にいつクビを切られるかと疑心暗鬼になってしまう。それではチームワークなど醸成されませんね。
  • 吉崎和気あいあいと仕事をするのではなく、むしろ怒鳴りあっているような状態がいい。本人たちの前で激しい議論を聞きながら、「今回は〇〇の言い分を採用しよう」といったスタイルを大統領は好むようですね。
  • 尾河コーン氏もティラーソン氏にも退任のうわさはありました。
  • 吉崎

    トランプ大統領が1月末に行った一般教書演説は成功したとみています。ところがその後、1カ月ぐらいは真綿で首を絞められるような状態。ロシアゲートの調査が進んだり、大統領の娘婿であるクシュナー上級顧問が最高機密に触れる資格を失ったことが取りざたされたりするなどして守勢に回っていた感があります。

    しかし、3月1日に鉄鋼・アルミ製品への関税の引き上げ方針を打ち出したことで、自分のペースを取り戻しました。コーン、ティラーソン両氏の退任があったものの、彼の頭の中では「やっと自分の調子が出てきたぞ」という感じだったのでしょう。その流れの中で、「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長にも会うぞ」ということになった。

  • 尾河目立ったり、自らのリーダーシップを誇示したりするのが大事ということなのでしょうが、それで政権運営ができるのでしょうか。
  • 吉崎

    トランプ大統領のこれまでのキャリアを振り返ると、掛け値なしにすごいと思うのはテレビマンとしての成功です。彼は「高視聴率男」。司会を務めていた「アプレンティス」は10シーズン以上にわたって続いた大ロングランのテレビ番組で、高視聴率を維持していました。

    「不動産王」というのは大ウソです。4回も会社を破綻させました。そうした人を普通は「王」とは呼ばない。でも、「視聴率男」という意味では天才です。大統領になっても視聴率にこだわっている。それは通常の政治家の発想ではありません。むしろ、よく思われたい、ほめられたいと考えるのが政治家の常です。

    トランプ大統領は視聴率が取れればいい。だから、嫌われたり、叩かれたりしてもまったく意に介さないのです。大統領を支持しているのもそうした人たちです。なぜ、支持が続くかといえば、叩かれるから。大統領を叩くのは、支持者の大嫌いなCNNやニューヨークタイムズ、民主党など「上品な人」たちです。それを見ていると、逆に「俺たちのトランプは危ない」と盛り上がる。「トランプ叩き」は、応援してあげているようなものです。

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  • 尾河さまざまな問題が取りざたされているにもかかわらず、コアの支持者以外を含めた全体の支持率もさほど落ちていないように思います。
  • 吉崎CNNやギャラップなどの世論調査の支持率は30%台まで低下していますが、トランプ大統領がこれまで4回にわたりツイッターで言及しているラスムセンの調査だと4割台をキープしています。この調査が信頼に足るものだとすれば1月の一般教書演説以降、トランプ大統領人気は「復活している」ともいえます。
  • 尾河「部下どうしを戦わせるのが大統領の好み」と聞けば、一時は失脚ぎみだったピーター・ナバロ通商製造政策局長が急速に勢いを取り戻しているのも納得がいきます。
  • 吉崎大統領が1月26日に行ったダボス会議での演説は多くの人をホッとさせたことと思います。世界のVIPたちを前に、「アメリカがよくなれば他の国もよくなる。だからこそアメリカファーストなんだ」という趣旨でした。ところがその後、「そろそろ中間選挙もあるのだから、戦闘モードに切り替えなければならない」と変心したのではないでしょうか。

「政治と経済のデカップリング」は楽観論

  • 尾河米国景気は底堅く推移しています。必要もないのにトランプ大統領が大型減税などで「アクセルをさらに踏みます」となれば、ますます良くなるでしょう。しかし、「景気が良くても政治が荒れている」状態がいつまで続くのか不安はありませんか。

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  • 吉崎

    年頭に英フィナンシャルタイムズ(FT)紙のチーフ・エコノミクス・コメンテーターであるマーティン・ウルフ氏は、執筆した記事の中で3つの可能性を指摘していました。

    (1)ひどい政治と好調な経済はこのまま別々に続く、(2)ひどい政治が好調な経済を台無しにする、(3)好調な経済がひどい政治を癒す、という3つのシナリオです。

    両者のデカップリング(1)はないでしょう。「政治は政治、経済は経済」というのはよこしまな楽観論です。だから、(2)ダウンサイドを避けつつ、(3)アップサイドを目指すしかないと思います。つまり、好調な経済がひどい政治を癒すシナリオです。

    貿易戦争勃発は明らかにダウンサイドのシナリオ。経済が好調な中でトランプ大統領が変な手立てを講じなくても、結果として彼の支持率が上昇する方向へ持っていくことが重要です。

  • 尾河11月に予定されている米国の中間選挙では、上院だけでなく、下院でも共和党に過半数割れのリスクがあると聞きました。
  • 吉崎その通りです。ペンシルベニア州の補欠選挙の結果を見ると、民主党には勝利の方程式が見えてきた感があります。若くて手あかも付いておらず、しかも「リパブリカン・ライト」的なテイストで、軍隊経験もある、といった候補を出馬させれば大丈夫というものです。逆に共和党は今回の補欠選挙の結果を「ウェイク・アップ・コール」と受け止めており、「これで目を覚まさなければ大変」と危機感を募らせています。
  • 尾河中間選挙を受けて両院とも民主党が多数を占めたら、トランプ政権は「レームダック」に陥ってしまいますね。
  • 吉崎

    オバマ前大統領の最後の2年間もそうでした。それでも、オバマ氏はあらゆるテクニックを駆使していろいろなことをやった。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などはその一例です。しかし、トランプ大統領は苦しいでしょうね。

    民主党は下院で過半の議席を獲得すれば、大統領の弾劾手続きに入ることができる。上院で3分の2の賛成を得ないと弾劾そのものは成立せず、弾劾の可能性は低いでしょう。ただ、「史上3人目の弾劾手続きの対象になった大統領にしてしまえ。そうすれば再選できなくなるだろう」という動きに出ることは十分考えられます。

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  • 尾河でも、「次の大統領」と言っても、民主党には候補がいませんね。
  • 吉崎それはもうひどい。最も期待されているのがジョー・バイデン元副大統領。トランプ大統領よりも年上。「大丈夫か」という感じです。ところが、今の民主党全体をまとめることができるのはバイデン氏ぐらいしかいません。
  • 尾河再び、ヒラリー・クリントンさんということにはなりませんか。
  • 吉崎ならないでしょう。あれだけ頑張ったのにみんなをがっかりさせてしまった。ミシェル・オバマ氏のほうがまだ、可能性がある。2020年の大統領選では共和党からも候補が出てくるでしょうね。ミット・ロムニー氏の出馬はほぼ確実。共和党内でも結構、もめると思いますよ。

米朝首脳会談の実現可能性は5割

  • 尾河先ほど、米朝首脳会談の話がありました。
  • 吉崎

    トランプ大統領が即断即決、「視聴率男」のやり方を貫くと外交では難しい。外交は相手がいるからです。そこには長期戦略が欠かせません。同大統領の場合には勢いだけでやっているから「金正恩が会いたいと言っているなら会ってもいいよ」となってしまった。

    米朝首脳会談などをやろうとすれば普通、事前にかなり煮詰めなくてはなりません。それでも、「ああいう国だから最終的にはトップ同士でやるしかない」というのは理解できます。02年の日朝首脳会談がまさしくそう。当時の小泉純一郎首相が訪朝し、一部の拉致被害者を取り戻しました。

    ただ、あのときには外務省の田中均アジア大洋州局長(当時)が事前にお膳立てし、何度も交渉を繰り返した後、「さあ行ってください」となりました。今回はそうしたものがありません。

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  • 尾河訪米してトランプ大統領に金正恩委員長の意向を伝えた韓国の特使が、トランプ氏があんなに早く「うん」と言うとは思わなかった、と驚いていました。
  • 吉崎韓国のスタッフに発表させたのもすごい。ホワイトハウスのスタッフなどに投げれば、「殿ご乱心」などと反対されると思ったのでしょう。さまざまな常識やルールを覆した形です。しかし、会談実現の確率は五分五分だと思います。
  • 尾河北朝鮮側が核を諦めないかぎり、議論は決裂。あるいは北朝鮮が引き延ばし作戦に出る可能性もありますね。
  • 吉崎気を付けなければならないのは1990年代以降、北朝鮮側が「非核化」と言うときには南北朝鮮両方を指しているということです。自分たちが核を諦めるときには、韓国の米軍基地などを撤去することも含まれているのです。北朝鮮だけが一方的に「お手上げ」で非核化するという意味ではありません。トランプ大統領はそれを理解しているのでしょうか・・・。
  • 尾河そうなると米国は飲めず、交渉が決裂してしまう。
  • 吉崎 北朝鮮に足を運んだ特使の1人は韓国の徐薫国家情報院長。米国でいえば、中央情報局(CIA)のトップに相当する人物です。ティラーソン氏の後を継いで就任したマイク・ポンペオ国務長官はCIAの長官を務めていました。それゆえ、韓国のカウンターパートの素性もよく知っているはずです。文在寅政権が北朝鮮の影響を強く受けていることもわかっているのではないでしょうか。
    米朝首脳会談での話し合いが決裂したときには、軍事オプションの確率が一気に上がるでしょう。そうした「ギャンブル」になる可能性も忘れてはなりません。
    金正恩委員長は国際原子力機関(IAEA)の査察を受ける用意があるが、経費は日本に払わせる、とも言っている。「ふざけるな」という話かもしれませんが、本当に査察を受け入れてくれるならばその程度はウェルカムでしょう。ただ、それから先も、何かともめるのは間違いないでしょう。

長期政権のツケがきている日本

  • 尾河日本の政治も相当ごたごたしています。森友問題がこんなに大きくなるとは思いませんでした。しかも、急転直下の動きです。
  • 吉崎

    長期政権のツケが来ていると思います。ただ、「内閣人事局のせいで官僚が忖度するようになった」というのは考え過ぎだと思います。話はもっと単純です。これまでは首相が5年続くことをそもそも想定していなかった。そんなことは滅多にありません。5年を超えたのは中曽根康弘、小泉純一郎の両元首相だけです。

    菅義偉官房長官も5年、変わっていません。官房長官の在任期間が5年を超えるのは初めてのことです。これまで「名官房長官」と謳われた後藤田正晴さんや野中広務さんでさえ最長2年。それ以上任せると力をつけすぎてしまうので、「名官房長官」ほど長くやらせてはいけない、というのが永田町の常識でした。

    ところが、菅義偉官房長官は就任してから5年あまり経過。ご本人は仕事が楽しくて仕方なく、しかも親分の寝首を掻く気遣いもない。霞ヶ関から見れば、とんでもない上司ができてしまった。官僚はもはや、誰も逆らうことができない状態です。ボスが5年間変わらず、しかもあと3年やるかもしれない。これが忖度の根源です。

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    安倍首相もこれ以上続けるのであれば、官僚に対するグリップを少し緩めてあげないと大変なことになりかねない。厚労省の働き方改革に対する動きを見ていても、この人たちは本心からこの政策がいいとは考えていないように思います。

    外交面からみれば、長期政権は明らかにプラス。外側からは安倍一強体制が強力なものと見えるからです。ただ、内側から見ると、かなり疲弊しているので、このまま続けるのであれば、適度に「リシャッフル」しないと大変。

    長らく途上国開発の仕事に携わってきた先輩が言ってました。「東南アジア各国でスハルトやマルコスなど長期政権を山ほどみてきたが、たとえトップがまともでも、周りにどんどん変な奴が集まってきて“これが官邸のご意向だ”などと言うようになる」。今の安倍政権にもその兆候が出ています。やはり、官房長官の在任は長すぎないほうがよいと私は思います。

  • 尾河これまでにも交代の話は浮上していました。
  • 吉崎仮に交代させるとしたら4月ごろでしょう。同時に自民党の岸田文雄政調会長を財務相にして、会長の後任に甘利明氏を据える。麻生さんはどうするのかな・・・。ちょっとお休みしていただくということになるかもしれませんね。

強力な政治と経済を両立させてきた中国

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  • 尾河最近発売された「チャイナ・エコノミー」という書籍に吉崎さんの解説が収録されていますね。
  • 吉崎中国のことが包括的にまとめられていますが、反日デモやレア・アース問題など、日本企業が痛い目に遭ってきたような話が同書のレーダーサイトには入っていません。
  • 尾河同書の著者である米国人が中国を見る目は、日本人の対中観と異なる。
  • 吉崎

    そうですね。日本人の中国を見る目はネガティブバイアスが強い。それは修正した方がいいように思います。その点、この本はフェアです。たとえば、「中国の経済統計はどの程度信頼できるのか」という議論があるが、筆者に言わせると「意外に信用できる」。昔に比べると、かなりよくなっていると。もし、ごまかしがあるならば、二重帳簿になっているはず。裏帳簿があるのならば、出てこないのがおかしい、というのが筆者の認識です。

    実際、中国はここ30年ほど、経済政策運営をなんとかうまくやってきました。手元にあったデータが誤りだったら、どこかで破綻していたでしょう。17年のマクロ政策運営も見事なものでした。金融を引き締めながら財政を緩めにすることで、共産党大会に向けた景気浮揚に成功した。経済規模が12兆ドルまで膨らんでいても、そのようなかじ取りができる。それを踏まえると、経済統計の精度は上がっていると思います。

    同書は冒頭の章で大事なことも2つ指摘しています。中国は官僚国家であるということ。一方で、「分権型」でもある。「独裁型で中央集権」というイメージが強いが、そうではない。だから、強力な政治と経済が両立するのだ、という説明です。

    「専制体制の国家で指導者が平和裏に3回交代した例はめずらしい」とも書かれています。ケ小平、江沢民、胡錦涛、習近平の各指導者の交代はスムーズでした。専制体制の国は亡くなるまでトップの座にとどまる指導者が多いが、中国はそうではない。

    しかし、習近平主席は「2期10年」というシステムを壊してしまいました。これまでの中国経済の成功について、ケ小平は「石を探しながら川を渡る」と言っています。「不完全な情報の基に、その都度決断をして危ない橋を渡ってきた」という中国経済の強みがこれで崩れるかもしれません。

  • 尾河最後に個人投資家へのメッセージをお願いします。
  • 吉崎政治とマネーの原理の違いを理解する必要があります。マネーは貯めておけるし、ある日突然、なくなることはない。ところが、政治はパワーの世界。ある日突然、消えてしまうことがある。最もわかりやすいのが小池百合子・東京都知事のケースです。絶大なパワーを持っていたのに、総選挙前に失速してしまった。
    政治家は結構、芸能人と親和性が高い。芸能人は人気が命。人気はまさにパワーです。突然、人気になったり、人気がなくなったりします。マネーの世界の住人には、パワーのことがよくわからない。でもパワーとマネーという二つの原理に基づいて、マーケットは動いているのです。
  • 尾河マネーと政治の時間軸は違うということでしょうか。つまり個人投資家は、政治の突然の変化に振り回されてはいけないということですね。

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