ホーム > マーケット千里眼 -経済・市場分析- > プロを訪ねて三千里(対談) > プロを訪ねて三千里【第14回】浜田直之氏
プロを訪ねて三千里【第14回】浜田直之氏
世界最大の運用会社に学ぶ株式投資で重視すべきポイントは
日本の株式相場の上昇が目立っています。2017年11月、代表的な指標である日経平均株価は1992年6月に付けた、いわゆるバブル後の戻り高値を奪回。26年ぶりに一時、2万3000円台まで上昇しました。
運用のプロフェッショナルは最近の展開をどうみているのでしょうか。世界一の資産運用会社として知られる米ブラックロックの日本法人、ブラックロック・ジャパンの浜田直之取締役リテール営業部門長に株高の背景や株式投資へのアドバイスなどを聞きました。
- 浜田直之(はまだ・なおゆき)氏 プロフィール
-
ブラックロック・ジャパン株式会社
マネージングディレクター
取締役 リテール営業部門長愛媛県出身、1987年に山一證券に入社以来、国内外の数々の資産運用会社の重職を歴任。2010年、米国に本拠を置く世界最大の資産運用会社ブラックロックへ入社。リテール営業部門長として日本における個人運用ビジネスを統括、現在に至る。
対談日:2017年11月7日
アリババやグーグルがライバル
- 尾河ブラックロックという会社について聞かせてください。「くろいわ」さんという人が作ったから「ブラックロック」じゃないかといった冗談もありますね(笑)
- 浜田
アベノミクス相場が始動したころには、日銀の総裁が黒田さんで副総裁が岩田さんだから「これからは黒岩の時代だ」などと言っていました(笑)。個人投資家はおそらく、ほとんど知らない会社だと思います。
一方、機関投資家で運用に携わっていれば、知らない人はほとんどいないでしょう。運用資産は640兆円と、世界第一位の規模を誇っています。これは、日本の全上場企業の価値(国内株式市場の時価総額:約650兆円)に匹敵する規模でもあります。実際に日本株の保有額は26兆円。4%強に相当する規模です。そうした面で影響力は大きいといえます。
当社を3つのキーワードで説明すると次の通りです。
-
1つ目は「運用力」です。株式、債券から複合資産まで、アクティブ、パッシブからオルタナティブまで、幅広い領域において第一人者的な存在と自負しています。
2つ目は「ETF」です。ブラックロックETFの世界市場シェアは37%、債券に至っては50%を占めています。ただ、 ブラックロック”ではなく”iシェアーズ”というブランド名にしているので、ブラックロックのETFとは結び付かないかもしれません。
3つ目は「テクノロジー」です。当社はリスク管理のプラットフォームを独自で開発し、米国の政府系機関から、大手金融機関、運用会社にいたるまでブラックロックのリスク管理システム「アラディン」を導入しています。運用のプロダクトだけでなく、ソリューションも提供。加えて、ビッグデータの分析が重要性を増すなど、今後はテクノロジーを制するものが運用を制するとも言われています。当社のライバルは運用会社ではなく、アリババやグーグルなどテクノロジーの会社かもしれません。
- 尾河ITやフィンテックに投資している金融機関も多く、ロボットアドバイザーなどが注目されています。
- 浜田
ブラックロックも2015年に米国のロボアド大手の一社を買収しました。今後、ロボアドの活躍の場は広がる可能性が高いでしょう。
また、当社を含めAIを運用に活用する動きも出てきています。ただ、ロボアドやAIが運用の世界に本格導入されたのはリーマンショック以降。このため、大きなショックに直面したことがありません。引き続き注意深く観測し、様々なアイディアに基づき開発・改善に努めることが大切だと思います。
- 尾河グーグルも金融に入ってくれば将来、戦う相手になりますね。
- 浜田
そう思います。たとえばアリババは既に決済ビジネスを開始しましたが、その可能性はあります。テクノロジーの活用で大事なのはまず分析のツールとして「使う」こと。6面のルービックキューブをあっという間に完成させることができる天才的な人はいるが、面が増えると人間の処理速度には限界が出てきます。テクノロジーはそれを可能にします。
例えば、当社のテクノロジーでは、会社四季報に掲載された情報を1秒ですべて取り込むことができる。そうした面からも分析にテクノロジーを活用するのはとても大事です。
-
だからといって、人間の存在を否定するわけではありません。最終的にアイデアを出してくるのは人間です。情報をある程度分析するところまでAIを使うことができたとしても、最終的には人間が判断を加えることが重要になります。
ただ、注意しなければならないのは、株式投資が美人投票であるということ。自分がいいと思ったものが上がるとは限らず、多くの人がいいと思うものを当てなければならないゲームです。自分が投資しようとする対象は多くの場合、クオリティが高くて割安な銘柄。でも、市場では割高な銘柄が好まれたり、クオリティの面で劣る割高な銘柄が上昇したりする局面もあります。
そのとき、「自分は正しいがマーケットは間違っている」と力説しても、必ずしもお客さまが理解し納得されるとは限りません。そのような「ブレ」を少なくしようとすれば、投資家の行動心理・パターンのようなものを判断材料として数値化する必要がある。そこにはテクノロジーの助けが必要になるのでしょう。ビッグデータをどう分析するかが重要です。
大事なのは「人とマシンとデータの融合」
- 尾河「アナリストもいらなくなるよね」などと冗談で言っているのですが(笑)、データを使う側にならないといけないんですね。
- 浜田
そうです。お茶の水博士がいなかったら、鉄腕アトムも単なる暴力ロボットにすぎないでしょう(笑)。お茶の水博士が上手に使いこなしているからこそ、アトムも正義のために戦ってくれる。
テクノロジーを活用するアナリストの存在も必須といえます。アナリストの仕事を効率化するためにテクノロジーを使うのが大事です。アイデアといった類のものはテクノロジーが教えてくれるわけではない。そこにアナリストや運用担当者の持つ「肌感覚」が生かされる余地もあると思います。
- 尾河空気感やムードのようなものは結構大事だと思っています。ただ、為替のマーケットも最近は値動きが変わりました。ここでは絶対に止まるぞ、と考えている水準でも下へ突き抜けてしまうようなことが多々あります。機械での取引が増えている証しなのでしょう。
- 浜田
数年前、当社の経営戦略部門の責任者があるパーティへ行ったとき、1970年代に活躍したF1のチャンピオンと現在のF1のチャンピオンと席に着く機会があったそうです。かつてのチャンピオンに「なぜあなたはそんなに勝利できたのか」と聞いたら、「自分の腕も必要だが、やはりマシンも大事」と答えた。「人とマシンの融合が大事」というわけです。
ところが、現在のチャンピオンに尋ねると、「それだけでは勝てない」と言ったそうです。別室で、自分のクルマだけではなく、ライバルのクルマの燃料消費量や空気圧などまでデータをチェックし、どのタイミングでピットに入って何をメンテナンスすべきなのかといったことまで細かく分析しているそうです。大事なのは「人とマシンとデータの融合」です。
この話はいろいろな世界にも当てはまると思います。ポートフォリオマネージャーやアナリストでも「人とマシンとデータの融合」がないと勝てない世界になっているのでしょう。
- 尾河ところで、ブラックロックの運用資産の規模はあまりにも大きく、マーケット全体を動かしてしまうほどの影響力を有しているのではないですか。
- 浜田
アクティブファンドの場合、何を買うかは重要ですが、いくらで買うかもやはり重要です。いいモノを割安で買いたいのに、自分の買いで値段を上げてしまえば割安で買えなくなってしまう。買い上がらないように細心の注意を払います。売却の際も同様です。
-
運用のキャパシティの問題にも気をつけています。たとえば、小型株ファンドでは数千億円も集まってしまったら運用ができなくなるおそれがあります。そのようなときには、たとえ「このような商品を出したら売れる」と考えても、社内のキャパシティ委員会でストップがかかります。いくら売れるとわかっていても、投資家のパフォーマンスのために販売をやらないでくれ、となる。営業の観点を除外し、運用の観点から厳格なルールを適用しています。
これに対して、パッシブファンドの場合、運用者の相場観で売り買いすることができません。特定のインデックスと同じ動きをするポートフォリオを速やかに買い付けて構築する必要があります。コストを抑え、精緻に追随するパッシブ運用を行うためには、ここでもやはりテクノロジーが大きな役割を果たします。
海外投資家はEPSの伸びに注目
- 尾河日本の株式相場は外国人投資家の買いが先導する形で9月から急騰しました。日本の個人投資家はいつも遅れてしまう傾向があります。海外勢はどのようなところに目をつけているのですか。
- 浜田
株式市場の全体的な方向性を捉えることが重要であり、そのためには現在でも一株利益(EPS)の基本的な理解が必要です。
株価を簡単な式で説明すると、「株価=1株利益(EPS)×株価÷1株利益(EPS)」です。このうち、「株価÷EPS」は株価収益率(PER)。つまり、株価はEPSとPERに分解することができます。 PERはマーケットの気分を映し出す物差し。気分がよければちょっと割高でも買ってしまう。逆に気分が悪ければ、割安でも買いたくないことがある。金利が低い状態だと気分がいいからPERは高くなっても構わない。金利が高くなると、PERは低くなりがちです。
-
PERが一定の範囲で気分により動くとすれば、長期的に重要なのはEPSが伸びているかどうか。海外勢が最も注目しているのはEPSなど企業収益の見通しです。企業収益はマクロ経済と同じとは限りません。それなのに、「日本の経済成長率が2%にも満たない現状では日本の企業のEPSもほとんど伸びていない」などと誤った認識を持っている人が多い。
たとえば、日立製作所が中国の工場で作った製品がどこの国のGDPに寄与するかといえば中国です。しかし、どこの国の企業の利益に貢献するかといったら、日立という日本の会社。株式は国でなく企業収益がどうなっているかを反映して動くはずです。
-
今年のEPSを日米間で比較すると、日本の伸びが米国のそれを上回る勢いです。2013年には米国株S&P500が年間で約30%上昇。一方、TOPIXは50%以上の値上がりを記録しました。その当時、「景気のいい米国株の上昇率を大幅に上回っているのだから日本株は割高ではないか」と聞かれました。これに対して、「米国企業のEPSは24%しか拡大してないが、日本企業は60%超成長している。PERが上昇して割高になっているのはむしろ米国」と反論したのを覚えています。マクロ経済は「景色」を見るにはいいが、実際の収益動向を確認するにはEPSが最適です。
PERやPBR(株価純資産倍率)を英米両国と単純に比較するのも無理な面があります。会計制度が異なるからです。当社が重視しているのは、過去の実績との比較。「過去の自分」と比べて割安かどうかです。過去へさかのぼって債券利回りと株式益利回り(=PERの逆数)の格差の推移をチェック。債券に比べて投資妙味があるかを判断するといったことも大事です。
主要国間で比較すると、株式は日本が最も割安です。経済成長は米欧日の順番かもしれないが、当社では2〜3年前から日本株が有望だと指摘しています。EPSが比較的しっかりと伸びているうえ、「過去の自分」と比べても割高ではないからです。
「日本株は16連騰を演じたからそろそろ息切れだろう」といった見方もありますが、それはマラソンと一緒。全力で100メートル走った後に42.195キロメートル走るのは無理でも、最初からゆっくり走れば完走することができる。経済も同じですが、要はピークに達するまでどれだけフル活動していたか、つまり日数ではなく上昇のペースが問題なのです。日本株16連騰でも日経平均は計1,000円強の上昇ならば過熱感は少ない。「過熱感」というバロメータで測らないと、見誤る可能性があります。「押し目待ちに押し目なし」になりかねません。
- 尾河ブラックロックはテクノロジーなどを駆使した投資をやっている印象がありますが、基本に立ち返ればやはりEPSなどが大事になる、と。
- 浜田個人投資家は機関投資家のようなプロと同じテクノロジーを使えるわけではないので、一見遠回りのようですが、株式の基本を改めて考えてみるのも有効かもしれません。EPSは大事ですね。加えて割高でないことも重要です。
- 尾河株式投資では為替の動きを気にする人も多いですね。日本人にとって買いづらいのは為替が円安に振れていないからだと。でも、そうしている間に外国人投資家がどんどん買ってしまう。
- 浜田
海外勢は基本的にドルベースでみています。ドル・円相場は1ドル=105円から114円台まで円安ドル高が進行。彼らから見ると、為替の変動だけで9%ディスカウントされています。日経平均が10%上がっていたとしても、ドル建てでみれば1%しか上がっていないかもしれない。
また、日本株のクオリティは悪くなく、EPSも伸びています。PERなどの物差しでみても「過去の自分」と比べて割安となれば、「まだ実力どおり上がっていない」という見方でもおかしくない。
割安株投資には分析力と確信、忍耐力が必要
- 尾河110〜115円の水準は日本企業にとっても居心地がいいのでしょう。
- 浜田
とてもいいと思います。当社は「緩やかなドル高」が続くと見ています。これは株価にとって一番いい状況です。緩やかなドル高だとコモディティ(商品)や新興国経済にもさほど悪い影響を与えずに済みます。
ただ、注意しなければならないのは黒田・日銀総裁の過去の発言です。125円程度まで円安が進行したときに「もうここまででいい」といった趣旨のコメントをしたことがあります。
- 尾河「黒田シーリング」とか言われていましたね。
- 浜田そうそう。だから、一定の水準までは緩やかに円安ドル高が進むのでしょう。ただし、「有事の円買い」とも付き合っていかなければならないことも忘れてはなりません。
- 尾河「リスクオフ」イコール円高、とプログラミングされている面があります。
- 浜田「有事の円買い」は条件反射のようなものでしょうね。梅干しを見たらつばが出てくる、みたいな。
- 尾河わかりやすいですね(笑)。今のような「ゴルディロックス経済(適温経済)」と言われるような状況であるかぎりは、株高もドル高も長く続くのでしょうか。
- 浜田
ボラティリティの高さは不確実性の高さを意味しています。地政学的リスクは多くのものが解決されておらず、非常に不透明感が強い時代になっています。ただし、株式市場は低ボラティリティのもとで堅調に推移しています。このバックグラウンドには堅調な企業収益があります。市場のボラティリティは、おそらくすぐには上がらないでしょう。政治的なイベントが市場のゲームチェンジャーになるようなことは稀だと考えています。歴史を振り返ると、ボラティリティが高くなるときに共通しているのは、企業収益の成長終焉と大手金融機関の経営悪化という2つの現象です。もちろん、想定もしていないような出来事や結果などで一時的に急落するような局面はありますが、現在の収益と経済のトレンドに変化がない限り、不確実性の時代の中でも株式市場は緩やかに上昇することをメイン・シナリオと考えるべきでしょう。
このようなときに望ましいのは順張りの投資姿勢。基本的にはモメンタムが重視される時期だと思います。順張りは保守的なスタンスかもしれません。なぜかといえば、EPSが伸びていくのを確認しながら買っているからです。これに対して、バリューは割安かどうかを基準に相場を待つわけです。「麦わら帽子は冬に買え」という相場格言もありますが、割安株投資には、分析力と確信、そして忍耐力が必要とされることを認識しておくべきでしょう。
- 尾河上がっているときに株を買うのは勇気がいると思うのですが、今回は日本の多くの個人投資家が逆張りで待っていた結果、買えないまま上がってしまった感があります。
- 浜田
日本の株式相場全般がさほど割高でないと考えているのであれば、1日や2日の値動きは関係ないというスタンスで臨むのがいいと思います。ただ、人は損をしたときのことをよく覚えていて、ボラティリティが高まったときに「あそこで売っておいてよかった」といった話しが美談として扱われるケースが少なくありません。でも、それは偶然、売っていただけかもしれない。
大幅な下落を想定して「割安なものに投資しよう」などと言いますが、何に基づいて「割安」というかをしっかり理解しておかないと、極度に慎重となってなかなか資産も増えない気がします。
- 尾河景気がよくてボラティリティが低いときには、ボラティリティが上昇してもそれは一時的だと受け止めて構わない、と。
- 浜田そうだと思いますね。為替についても、急激な円高が進んだとしても戻ってくるでしょう。