プロを訪ねて三千里【第13回】山ア達雄氏(前・財務官)
トランプ政権の行方と日米関係

事前予想を覆す劇的な勝利からまもなく1年。米国のトランプ大統領の動向に引き続き金融市場関係者の注目が集まっています。政権を支えてきたメンバーが相次いで離脱。それに伴う混乱は収まったのでしょうか。日本にとっては北朝鮮に対するスタンスも気になるところです。

米国に詳しい前・財務官の山ア達雄・国際医療福祉大学特任教授にトランプ大統領の政権運営の行方や日米関係に対する見方などを聞きました。

山ア達雄(やまざき・たつお)氏 プロフィール

前・財務官
三菱商事株式会社顧問、国際医療福祉大学特任教授

東京大学法学部卒業後、1980年大蔵省(現財務省)入省。国際局にてさまざまなポストを歴任後、大臣官房審議官(国際局・主税局・大臣官房担当)、金融庁国際担当参事官などを経て2012年に財務省国際局長。2014年より財務官を務めた後、2015年7月に退官。同年9月より現職。

対談日:2017年9月29日

トランプ氏は今や「超党派」の大統領

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  • 尾河米国のトランプ政権に対する見方を聞かせてください。1月の就任後、すでに8人が政権を離れています。
  • 山ア

    この先まだ不透明感は残りますが、大きな流れとしては、ホワイトハウス内部の一体感が高まり、仕事しやすい方向へ動いていると思います。何人もの人物が辞めましたが、特にバノン首席戦略官の退任は大きな出来事でした。

    トランプ大統領はマスコミの世論調査の数字はさほど気にしていませんでしたが、大学の調査は気にしています。それによると、バノン退任前の8月上旬の調査では共和党内部のトランプ大統領支持率が前回に比べて10ポイント程度低下しました。彼にとってはショックだったようです。

    支持率低下の背景にあったのは、バノン氏と他のメンバーとの意見の相違です。バノン氏は中国に特化した考え方。同国から何を奪えるかということです。北朝鮮などはどうでもよく、在韓米軍を撤退させるかどうかをめぐって、大統領と意見の食い違いがありました。これは結構、致命的なことです。

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    セッションズ前司法長官の処遇をめぐっても対立。バノン氏はセッションズ氏がロシアゲートの捜査で防波堤になっていないなどと非難し、当初は大統領も同調していましたが、ふと気がついて批判をやめました。そうした経緯からバノン氏は身を引く決意を固めたのです。「更迭」などと報道されていますが、実際には辞任です。

    トランプ大統領は8月4日にホワイトハウスへケリー大統領主席補佐官やクシュナー上級顧問を呼んだ際、FOXニュースのマードック会長も招きました。その場で「バノン氏辞任は大統領の変節が原因」など悪く報道しないよう同会長に求めたところ、サポートすることを約束しました。大統領はバノン氏が復帰することになっていた保守系メディアのブライトバードのオーナーである、投資家のロバートマーサ氏とも接触。トランプ批判をしないよう要請。外堀を固めたうえで、辞任してもらったのです。

    退任の発表は同月18日でした。12日は一白人至上主義のグループと反対派の衝突する事件が発生。白人至上主義者を擁護したかのような大統領の発言に対する批判が強まりました。

    白人至上主義者は「反ユダヤ」でもあります。ユダヤ系のクシュナー氏などからすれば、許せない話でした。その過程でバノン氏が辞任。大統領も白人至上主義反対との発言をしたことで、騒ぎはようやく収まった格好です。

    米国家経済会議(NEC)のコーン委員長にも辞任のうわさがありました。辞表を提出したが、ケリー国務長官に慰留されたといわれています。わだかまりは残っていると思いますが、自分には税制改革という重要な仕事があるためにやっているのだという趣旨の発言をしています。

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    もう一人、コーン氏と並んで動向が注目されているのはティラーソン国務長官です。大統領との意見の食い違いがあるのがイランに対する姿勢。大統領はイランの核問題に関する包括的共同作業計画(JCPOA:Joint Comprehensive Plan of Action)に同国が違反しているとこじつけて合意を破棄し、米議会による制裁を復活させようと画策していますが、「反イラン」の共和党でさえ「無理ではないか」と言っている。日本政府も大丈夫かと心配しています。

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    イランをもっとも警戒しているサウジアラビアやイスラエルにも「枠を外してしまったらイランが何をするかわからない」との懸念があります。今後、数カ月のうちに大統領が最終判断を下すことになるとみられますが、ティラーソン長官はどう扱うべきか悩んでいるようです。

    一方、クシュナー氏はこれまで中東問題を取り仕切ってきましたが、ここへきて大統領は同氏をケリー首席補佐官の下に置くことで表面的には同補佐官を立てています。すべてのことがうまくいくかどうかはわかりませんが、大きな流れとしては改善しています。

    議会との関係でも、ハリケーンの「ハービー」による被害に対する緊急資金拠出の予算が成立。連邦政府の債務上限の問題では突如、民主党に歩み寄って一時的に撤廃する法案を通過させました。

    アラバマ州の予備選では、人気のないエスタブリッシュメントの共和党候補の応援演説に出向くなど同党との貸し借りを考えて行動しています。今や「超党派」の大統領なのです。

    法人税を35%から20%へ引き下げるなどの税制改革案も発表。実現にはなおいくつもの障壁がありますが、来年には中間選挙を控えており、議会も何もやらないわけにはいかないはずです。数カ月前に比べて状況が劇的に改善しているわけではありませんが、危うくなっているかと言われればそうでもないといえるでしょう。

    そうした細かなことを米国の人たちはすべて見ている。ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の問題もそう。選手が国歌斉唱時に膝をついて抗議の意思を示したことに対する大統領の発言をめぐって、一部のメディアには批判的な論調が目立ちますが、大統領のコアの支持者からすれば、「国旗に向かってあのような行為をするのはけしからん」となります。

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  • 尾河大統領はやはり、コアの支持者が大事なのでしょうか。
  • 山ア

    そうです。ただ、大統領は難民の入国を制限する大統領令の執行を明言する一方で、猶予期間を作って、その後どうするかは議会に対応するよう求めました。そのときには支持率が低下。厳しいことを言っているようで、実は議会に救いの手を差し伸べるかどうかの判断を求めたからです。いいことをやっていると思えても、米国での評価は必ずしもそうではない場合がある。日本で伝えられているものとは異なる面があるのです。

  • 尾河来年の中間選挙は非常に大事ですね。
  • 山ア

    専門家は大統領の支持率がこれほどまでに低かったのは過去にないので、どうなるかはまったくわからない、予断を許さない状況だとしています。ただ、両院とも引き続き共和党が制するとの見方が根強くあります。

安倍首相はトランプ大統領の指南役

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  • 尾河日米関係についてお聞きします。トランプ大統領と安倍首相の関係は強固なものであり、そうした関係が今後も続くのでしょうか。
  • 山ア

    戦後にこれほど日米両国の首脳の関係が強固だったことはないでしょう。外交安全保障体制における両首脳の相互信頼は大変深いものがあります。電話会談などでは、トランプ大統領が安倍氏に相談し、それに安倍氏が説明するケースが多いといいます。

    北朝鮮の横田めぐみさんの拉致被害に言及したトランプ大統領の国連演説も、日本が特に要請したというよりも、トランプ大統領は安倍首相の話をよく聞いており、そうしたことの積み重ねが今回の国連演説につながっているのです。

  •  北朝鮮や中国との関係をめぐり、これまでに例を見ないリスクの高まりがある中で、二人の間に強固な信頼関係が築き上げられているのは非常に大事なことです。安倍首相はトランプ大統領にアドバイスできるもっとも信頼された首脳であり、首相自身もそのことを認識していると思います。
  • 尾河安倍首相が強固な信頼関係を築き上げたのはトランプ大統領が昨年11月の選挙で勝利を収めた後ですね。実は外交が上手なのでしょうか。
  • 山ア

    大統領選に勝利した後、安倍首相はニューヨークのトランプタワーを訪れました。大統領がそれまで日本との貿易摩擦などに言及していたこともあって、首相としては警戒心をもっていたと思いますが、そこから率直な意見交換が始まった。

    トランプタワー訪問は外務省とクシュナー氏との人脈からセットされたもの。他国の首脳に先駆けて会談を設定したのは、振り返ってみればとても大きいことです。

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  • 尾河ただ、保護主義色の強まりに伴う日米間の貿易面への影響は気になります。
  • 山ア

    保護主義というより、マルチではなくてバイ、つまり、2国間の関係で通商したほうが米国には有利な結論が得られるという考えです。他国からすれば、マルチで交渉に臨み、米国を封じ込めたほうが得。立場が異なるのは当たり前です。

    それなのに、米国は保護主義へ傾斜しており、自分たちが自由貿易の旗手だなどと中国が言うのは本当にそうなのか、市場経済ではない形で経済運営を行っているのは中国のほうです。

    米国は鉄鋼やアルミニウムの流入抑制へ具体策の発動などをちらつかせていますが、実施には至っていません。貿易交渉を武器にするのはトランプ流の戦略。実はオバマ前大統領時代にも中国に対するアンチ・ダンピングの調査を何度も行っています。一見、行儀よさそうに見せながら交渉に臨むか、最初から大声で威嚇しながら交渉を行うかというスタイルの違いがあるだけで、前政権とスタンスはさほど変わっていません。

    トランプ大統領の対応をほめる気はありませんが、そうしたことが理解できれば、何をすれば米国が納得するのかわかるはずです。

「ボロ」を出してきた北朝鮮

  • 尾河北朝鮮情勢に話題を移します。国連が同国への圧力を強めていますが奏功していません。米国の世論調査でも北朝鮮は危険という見方が増えています。
  • 山ア

    北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の究極の目標は米国と対等な立場で平和条約を締結すること。それを実現する手段として米国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させえるのが必須と考えています。

    父の金正日総書記はICBMを駆け引きの材料にしようとしていました。小泉元首相の訪朝時、「ICBMはユースレスだが、米国が敵対的な行動を取るので開発をやめることができない」と同総書記は語りました。ところが、金正恩委員長は違います。交渉は一切せず、完成へ向かって突き進んでいます。はたして開発をやめさせる方法があるのでしょうか。

    完成しても使わせないためには迎撃ミサイルの配備などを通じた防空能力の強化が必要だが、核抑止と同じ論理が金正恩に通用するのか。合理的な指導者であれば通用するでしょうが、彼が理解するという確証はありません。また、核拡散という点でも、北朝鮮は貧困に瀕しており、技術をイスラム国(IS)などに売られたりしたら世界にとっての脅威です。

    今、一番やるべきことは経済制裁の強化。さらに、軍事的な圧力を強めてミサイル開発をやめさせることです。国連による追加制裁は北朝鮮の輸出の9割が対象。同国経済への打撃は時間とともに大きくなっていくでしょう。

  • 尾河中国は北朝鮮に対する経済制裁に協力的なのですか。

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  • 山ア

    北朝鮮からの繊維製品輸入禁止など独自の制裁措置を国連の制裁決議の前からすでに講じていました。中国政府は否定していますが、大手の国有銀行と北朝鮮の新規取引を控えているとも報じられています。

    中国は米国と8月下旬以降、密に話し合いを行っています。欧州の一部の国も大使館の閉鎖に踏み切りました。北朝鮮に対する世界各国からの圧力はかなり強まっています。

    こうした中で、北朝鮮も少しずつ「ボロ」を出してきた感があります。同国の外務大臣が米国に対して「宣戦布告」だと非難。国際空域でも米国の爆撃機を撃墜する権利があると発言してしまいました。今後もし北朝鮮のミサイルや航空機が米軍機に照準を当てるようなことがあれば、米国が直ちに攻撃をする口実を与えてしまった格好です。

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    米国が紛争地帯で爆撃などを行う場合には必ず、大義名分があります。イラク攻撃は同国が大量破壊兵器の査察に応じなかったことで国連安保理決議の解釈上、武力行使を容認された理由に基づくもの。シリア爆撃は同国の科学兵器使用に対する人道的な対応という位置付けでした。ミサイル開発に取り組んでいるだけでは先制攻撃を仕掛ける理屈がありません。米国が口実を得ようと挑発し、これに北朝鮮側がうっかりと乗ってしまった面があります。

大臣の露払いが財務官の仕事

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  • 尾河「貯蓄から投資へ」の流れが滞りぎみです。少額投資非課税制度(NISA)の口座数は1000万を超えましたが、足元はさほど大きく伸びていません。
  • 山ア

    たとえば、住宅ローンはインターネットを見ると、どの金融機関の手数料が安いかが簡単にわかる。このため、多くの人がインターネットを活用しています。投資信託にもこうした状況がすぐに到来するでしょう。

    ライフプランナーの存在も重要。年齢に応じてどのような金融商品への投資が望ましいかをわかりやすく説明してくれる人がいれば、流れが変わるはずです。自分たちの年金が国や会社からいくらもらえるかをほとんどの人が知らない。それなのに、どういう商品へ投資したらいいのか、わかるわけがありません。

  • 尾河財務官の仕事について知っている人はあまりいないと思いますが。
  • 山ア

    財務官は英語だと「Vice Finance Minister for Inrternational Affairs」。これだとわかりやすいかもしれません。国際担当の大臣代理。財務大臣がG7に出席したり、為替に関する協議を行ったりするときに、大臣に先駆けて露払いをするのが財務官の役割です。

    財務官時代は極端な円高から正常化へ向かうプロセス。為替介入はなかった。為替については特に気を遣うことなく、国際交渉でいかに日本の利益を確保できるかということに集中できました。先輩に話を聞くと、為替相場が急激に変動すれば、その対応に忙殺される。そういう意味では落ち着いて仕事ができたと思っています。

    すべてのG20各国の代理と同じペースで話し合いの場を持っていたわけではなく、国際的なイッシューの有無で交渉の頻度は変わります。それでも、米中ならびにEUのカウンターパートと話し合う機会は非常に多かったかもしれません。

  • 尾河ギリシャ危機のときには交渉が大変だったと聞きます。
  • 山ア

    ドイツ・ベルリンで行われたG7の財務相会合を前に、ギリシャのバルファキス財務相から麻生財務相に話がしたいとの申し出がありました。希望日は麻生財務相がフライト中だったため、代わりに電話で対応しました。

    当時はEUの会合でギリシャの債務問題が俎上に乗り、ドイツがギリシャ支援で厳しい姿勢を見せていました。バルファキス財務相からはギリシャを支援するようドイツのショイブレ財務相を説得してほしいとの要望があるのではないかなどと考えていました。

    しかし、実際の交渉では「ギリシャが危機に陥ったのは同国自体の問題と言われているがまったく違う。自分たちはごねているわけでもなく、ギリシャを追い込んでいるのはドイツである」などとバルファキス財務相が力説していました。「そうした事実を知ってもらいたい」との思いだったのです。彼の主張が100パーセントすべて正しいとは考えませんでしたが、欧州におけるギリシャ問題の根深さを感じました。

    EUは結局、ギリシャに対する金融支援を決定。支援を受けて同国経済も回復へ向かっています。それを踏まえると、バルファキス財務相の話も一部は的を射ていたのだと思います。ショイブレ財務相も交代するそうですが、ギリシャ問題は実はドイツ問題でもあったのだと思います。

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