プロを訪ねて三千里【第8回】新村直弘氏
シリア空爆で動いた原油価格
株・為替の先読みに活用

米国のシリア空爆やOPEC(石油輸出国機構)の減産、シェール・オイルの増産。これらの情報は、原油相場に影響するだけではありません。2016年は、原油価格の急落がリスクオフ機運を高め、円高・株安が強まる局面がありました。原油などの商品(コモディティ)動向を見れば、株・為替の先読みにもつながるのです。

国内屈指のウォッチャーとして名高いマーケット・リスク・アドバイザリーの代表取締役・新村直弘さんに、商品相場のポイントや、原油価格に影響しやすい中東情勢の読み方についてうかがいました。

新村直弘 (にいむら・なおひろ)氏 プロフィール

株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー
代表取締役

東京大学工学部精密機械工学科卒。日本興業銀行でコモディティ・デリバティブ開発を担当。国内製造業、金融機関をはじめ幅広い業種に対する価格リスクマネジメントの提案業務に従事。その後、さらなる専門スキルを身につけるため、バークレイズ・キャピタル証券、ドイツ証券に転職。価格リスクマネジメントに必要な情報を幅広く提供することを目的に、2003年よりアナリスト業務を開始。テレビ東京やNHK等でコメンテーターを務める。日経新聞や週刊ダイヤモンド等のメディアにも多数寄稿。2010年5月、株式会社マーケット・リスク・アドバイザリーを設立、代表取締役に就任。著書に『コモディティ・デリバティブのすべて』(きんざい)、『天候デリバティブのすべて―金融工学の応用と実践』(東京電機大学出版)。

対談日:2017年4月21日

商品相場から株・為替を読む

  • 尾河原油価格の動向が、為替や株式の相場にも影響することがあります。個人投資家はもっと目を向けた方がいいと思います。

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  • 新村

    同感ですね。直接取引していないとしても、原油や鉱物資源といった商品の値動きを知ることは、為替や株式の相場を見る上で役に立ちます。

    サービス業やIT関連の企業であれば関係は薄いでしょうが、製造業や運輸業に投資するとなれば、資源価格の影響は無視できません。

    製品の材料となる商品価格は非常に激しく動くのに、消費者物価(CPI)がなかなか上がらないので、製品価格を簡単には値上げできません。商品価格次第では、業績が揺さぶられかねません。

  • 尾河株価や為替と原油には、ある程度の相関があると言うことでしょうか。
  • 新村そうです。今はドルが上がれば原油が上がる傾向が見られますね。
  • 尾河それをどう説明したらいいのでしょうか。長期的トレンドを見ると、ドルの動きと原油価格は逆相関と言うのが教科書的な説明です。ドルが安くなればインフレになるため、商品価格が上がるという理屈ですね。

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  • 新村景気の局面が転換したのでしょう。そもそも、なぜドルが上がるのかといえば、米国の景気がいいからです。世界で一番油を使っているのは米国ですから。
  • 尾河米国で消費が増えれば原油価格が上がるというわけですね。
  • 新村そうです。今年の見込みですが世界全体で1日あたり9800万バレルの原油消費があるうち、5分の1強が米国で消費されていますから。
  • 尾河いつ局面が変わったのでしょうか。
  • 新村

    米国で利上げが始まったあたりからでしょうね。景気循環と足並みがそろっています。不況の際は金融政策は緩和的なので、原油価格も金融相場の色彩が強い。ドルと原油が逆相関になりやすいのです。

    ところが、利上げというのは景気がいいことの裏返しでもあります。ドルは高くなるし、消費が増えるので原油の価格も高くなります。米国は日本よりも株式市場の時価総額に占めるエネルギーセクターの比率が高いためエネルギーセクターがけん引して株価が上昇するということはありますが、基本的には景気が良いから株価が上昇する、と整理すべきです。米国はまだエネルギーのネット輸入国ですし。

    こうした動きが再び逆になるとすれば、景気の局面が変わったのかな、と目星を付けることができます。

  • 尾河例えば、株価が上がっている中で原油価格が下がるなら局面変化かもしれないということですね。
  • 新村株価と原油価格では、相場の動きに時間差があります。株価は四半期ごとの企業決算で示される業績見通しに反応しやすいですが、原油は日々の経済活動の中で消費されることで、価格が影響を受けます。株価が上がり続ける中で原油が下がり続ければ、近く景気が後退するサインと見ることもできるのです。

相場を動かすのは投機のみにあらず

  • 尾河米国経済が元気でドルが上がっても、消費が増えるから原油も上がるというのは理屈として納得できます。ただ、原油価格は投機筋が相場を主導しているとの見方もありますね。
  • 新村

    それは半分正しいのですが、半分間違えているとも言えます。
    当たり前のことですが、投機資金のプレーヤーと実需筋のプレーヤーがいます。この比率がそのときに、どうなっているかが大事なのです。

    今のウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI=米原油)は、ざっくりと6割が実需で4割が投機です。

  • 尾河投機より実需が多いんですね。為替では、投機筋が多いですけど。
  • 新村

    商品市場と為替市場とでは、流動性の差が圧倒的だからです。商品市場では、投機筋も基本的に現物取引の範疇でしかプレーできません。

    例えば、投機筋が原油を50ドルのときから毎日、着々と買っていって、200ドルまで上昇したとします。価格が毎日均等に上がっていたとすると、簿価で125ドルですね。さあ、売ろうと思っても、200ドルで買ってくれる実需家はいるのでしょうか。そんな価格の原油では、実体経済が回らない。75ドルでしか実需筋には売れない、ということにもなりかねません。

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  • 尾河投機が価格を吊り上げても結局、実需が買える水準にまで戻る可能性が高い、ということですか。
  • 新村

    価格ののりしろは、結局のところ、実需のファンダメンタルズが決めるのです。日々の取引は投機が作っている面があっても、それだけでは価格を形成し続けられない。

    小さいマーケットに投機が入ると市場が機能しなくなるとの見方も根強いです。ただ、市場が機能不全に陥るほど大量の投機資金を注ぎ込むようなことは、まずしないでしょう。

  • 尾河最近は、米国のシリア空爆で地政学リスクが話題になりました。原油相場が上昇するきっかけとしては、短期的に投機筋がポジションを動かす面もあるでしょうが、地政学リスクが長引けば原油も上がるかもしれないということで、実需筋がヘッジを急ぐこともありそうですね。
  • 新村ありますね。ただ、ヘッジをするといっても実際の使用量の範囲に限定されると思います。価格が上がりそうだからといっていきなり明日から生産量や消費量を2倍に、ということは現実的には困難です。
  • 尾河現物をたくさん買い溜めるなら、タンクを用意しないといけませんしね。為替なら数字が動くだけですが。商品は輸送も貯蔵も必要ですね。
  • 新村

    実需は買い入れを簡単には増減はできないのです。ヘッジをするにしても、当初の予定数量から大きくはみ出すような取引は基本的にはしないでしょう。

    ですから、シリア攻撃のニュースで原油価格が上昇したのは、投機の買戻しの動きと見ていいと思います。

  • 尾河日々の動きは、ある程度は投機が主導するというのは正しい半面、中長期の視点からは必ずしもそうではない、ということですね。結局、景気を読むことが重要になりそうですね。
  • 新村実はエコノミストや債券、為替のアナリストの人たちと話が合うのはその点です。株価は、政策的な話題や市場のセンチメントに大きく影響されますが、マクロの経済動向を見ていないと見誤っちゃうおそれが、商品市場にはあるのです。

今年の後半に相場変調のリスクも

  • 尾河その観点から、今後の原油相場をどう見ればいいのでしょうか。

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  • 新村

    基本は上方向ですね。景気は良くなるでしょうから。景況感などのセンチメント指標は良好ですし、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事も、景気は良くなってきていると言っています。実需主導で価格は上がるという方向感は、まだ変わらないでしょう。

    ただ、年末に向けた景気は回復するとの見方が多いと思いますが、循環論的には、景気の転換局面に入ってくる可能性もあります。

    米景気の回復局面もかなり長期になってきましたので息切れしかねません。利上げも立て続けにやるでしょうし、FRBのバランスシートの規模縮小もあるかもしれない。秋に予定される中国の共産党大会が終われば、中国も無理やり景気を刺激する必要がなくなります。

  • 尾河

    株価と原油がどういう動きを示すか、ひとつの判断材料として、じっくり見ておく必要がありますね。

    為替市場でも、来年あたりまではトランプ政権が支えるかもしれませんが、金融引き締めで景気が減速する2019年あたりは、ドル安方向に転換するとの見方が多い印象です。

  • 新村

    もちろん、健全な景気の減速の範囲にとどまれば原油価格の下げも深まらないでしょう。気がかりなのは、向かい風となる要因が重なりそうなことです。循環的に景気が後退するタイミングで中国の共産党大会が終わるとか、ドイツの選挙があるとか、さらに米国が、6月や9月に利上げした後、10月から12月に追加利上げやバランスシート縮小といった話が重なる可能性があります。OPECの減産が延長されても、米国の中東政策の変化によってOPEC・非OPEC諸国の結束が再び崩れる可能性もあり得ます。

    こうなると、原油価格も下押し圧力が強まりかねません。

  • 尾河今年から来年にかけて、というイメージでしょうか。
  • 新村今年の10-12月が、ひとつの節目になりそうですね。

混沌とする中東情勢

  • 尾河需給も景気も大事ですが、中東情勢も注意してみていく必要がありますね。
  • 新村

    間違いないですね。米政権の方向性がガラリと変わったことが大きいです。トランプ政権になって、より積極的に中東に関与していくという、かつての共和党の考え方に戻ったようです。

    今のところ、イスラム教内で対立してきたシーア派とスンニ派の国々が、オバマ政権時代には歩み寄りの雰囲気が出つつありましたが、またはっきり割れたといえるでしょう。トランプ大統領は就任直後からイランに対して強硬な発言を繰り返しているのに対して、マティス国防長官が、サウジアラビアのムハンマド副皇太子に会って協力すると言ったことが象徴的ですね。

    実際、オバマ政権の初期に比べれば、シーア派が政権を握っている国の数が増えています。その一角を占めるシリアに米国が攻撃したことに対し、ロシアやイランが反発を強めているといった構図です。OPECの枠組みでは、サウジアラビアとイランが協調する機運が出ていましたが、対立路線に戻らざるを得ないでしょう。

  • 尾河イランが関わってくると、ホルムズ海峡封鎖の懸念も古くて新しいテーマとしてクローズアップされそうです。
  • 新村

    封鎖のオプションをちらつかされると、世界経済に打撃ですからね。世界で使っている原油の5分の1が供給できなくなります。20%の減産と同じことですから、原油価格も急騰するでしょう。

    まあ、とはいっても現実には、封鎖できないでしょう。

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  • 尾河脅しはかけても実行はできない、ということですか。
  • 新村

    イラン自身が、石油を輸出できなくなりますからね。海峡の幅が狭いため機雷をバラまけば一時的に航行が非常に困難になり、実質的に封鎖と同じような状態になるということはあり得ますが、完全には封鎖し切れない。

    それでも、脅しの効果はあります。絶対大丈夫とは言い切れないとの思惑もくすぶりますから、原油価格は上がります。想定されるインパクトが大きすぎますからね。

  • 尾河とりあえず、ヘッジしておくに越したことはない、という発想になりそうですしね。
  • 新村そうなんです。ただ、海峡封鎖の思惑で原油価格が上がっても、ロシア・イランと、サウジアラビアとの関係が険悪になったら、OPECでの減産合意がご破産になるリスクも出てきます。そうなれば今度は、原油価格下落の要因になりますね。
  • 尾河5月19日にイランの大統領選挙があります。しっかりウォッチしないといけませんね。
  • 新村

    現在のロウハニ大統領は穏健派ですが、あらためてイランへの制裁という話が出てくれば、強硬派の候補が大統領になる可能性もなくはない。強権的なアフマディネジャド氏の立候補は最高指導者ハメネイ師が認めなかったので、めちゃくちゃなことにはならないとしても、ロウハニ政権ほど穏健ではない政権に代わる可能性があります。

    どのシナリオが中東や消費国にとっていいのかは判断が難しいところですが、オバマ政権の8年間に保っていたバランスを180度変える方向性に舵を切ったのは確かです。落ち着くには、時間がかかるでしょう。

個人は原油・金・銅の3商品に注目を

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  • 尾河原油以外のコモディティとしては、金があります。積み立てなどで保有している個人投資家もいます。先行きの金価格はどう見ますか。
  • 新村当面はレンジ推移でしょう。今は地政学的リスクの高まりで金が買われていますが、金は基本的にインフレをヘッジするための商品という位置づけです。インフレにならないと、本格的には買われません。
  • 尾河グローバルの消費者物価は2%程度ですね。
  • 新村

    そうですね。金に限らず需給バランスに大きな変化がない商品は通常、物価上昇ペース以上には上がりません。だから金価格も、普通に考えれば2%のペースでしか上がらない計算です。金だけ4-5%も上がるというのは、特殊な状態ですから、いずれ正常な範囲に収れんするはずです。

    今のインフレ率から見れば、1250ドルあたりが適正でしょうが、中東や欧州連合(EU)の政治リスクを織り込んで価格が上がっています。リスクが現実にでもならない限り、1300-1500ドルと上がっていく中では買いにくいですね。

  • 尾河金には利息がつきません。米国が利上げしていくと、金の魅力が薄れそうです。
  • 新村

    重要なのは、インフレ率と世の中の名目金利とで、どちらが上がっているかです。
    例えば、金価格の上昇率つまりインフレ率が3%、長期金利が2%なら、相対的に金を買った方がいい。インフレ率が低下する(デフレ)、あるいは上昇しない(ディス・インフレ)という見通しであれば債券の方がいい、となります。

    ドル安なら金が買われるとの説明もありますが、実質金利の変化を通じて為替レートや金価格が動いていると考えた方が腑に落ちるともいえます。

    実質金利は、予想される物価上昇率を名目金利から差し引いて計算します。期待インフレ率が高くて米国債の実質金利が低下しているなら、ドルが売られて金が買われてもおかしくありません。

  • 尾河米長期金利の動向は、読みにくい局面が続いていますね。
  • 新村トランプ政権の政策がよくわからないままです。インフレ期待を盛り上げた1兆ドルの公共投資も、やるのかやらないのかよくわかりません。原油価格に方向感が出なければ、急にインフレ率が変わるわけでもない。金を積極的に買う理由も売る理由もないのですからレンジ推移を予想しているのです。

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  • 尾河金と原油のほかに重要な商品はありますか。
  • 新村やっぱり、銅でしょうね。
  • 尾河どう──してでしょうか(笑)。
  • 新村

    そうくると思いました(笑)。

    銅は、非鉄金属のベンチマークになっていますし、電線など工業の基礎部分で使われるため、景気の先行指標ともされています。

    銅価格は実需だけでなく、短期的な投機資金の影響も受けやすいため、トランプ大統領の誕生以来、1-2日間で急騰しました。

  • 尾河大規模災害でもない限り、こんな短期間に需給のバランスは崩れませんよね。
  • 新村

    米国の政策に対する期待の影響を受けているといえるでしょう。だからこそ、銅を見る意味があるのです。

    銅価格の変動を見て他の金属も動くので、日本の製造業もそれなりに影響を受けます。価格変動の影響を抑えるために何らかの手を打っている企業かどうかを見ることも大事でしょう。

  • 尾河昨年は、原油価格の急落で米株価が下がってリスクオフになり、とんでもなく相場が荒れました。円高となって、日本企業の業績にも影響が出ました。世界の人々にとって資源価格は安い方がいいと思われがちですが、そうとばかりは言えないようですね。
  • 新村

    難しいテーマですね。ごく短期間を切り取ってみると、プラスかマイナスかは見極めにくい。そのときに所得がどのように動いて、動いた先で投資に使われる局面かどうかがグローバル経済に大きく作用するからです。

    資源価格の上昇は、経済学的には、消費国から資源国に所得が移転するにすぎません。グローバルの国内総生産(GDP)でみれば、プラスマイナスでゼロとなります。価格が下がれば、消費国から資源国への所得移転の逆の現象が起きるだけですね。

    これによって、得た資金や、安く済んだ費用を元手に、どういう経済活動が行われるかが、世界経済にとってプラスなのかマイナスなのかを左右します。

    例えば、原油価格が高騰した時に中東諸国の人口が増えて景気が盛り上がっているなら、グローバル経済にはプラスとなります。そうでないときに価格が高騰しても、資源国に外貨が積み上がるだけです。日本などの消費国は景気が圧迫されます。

    逆に、先進国の経済が良いときに原油価格が上がっても、コスト増は吸収できます。

    昨年は、景気が悪い中で原油価格が下がれば、日本経済にプラスとみられましたが、資源国のキャッシュが厳しくなったため政府系ファンドが株式などの資産を売却するとの思惑が出て、日本株が売られて市場が混乱しました。

    長い目で見て、今がどの局面にあるのかを見極める必要があります。

  • 尾河個人投資家も商品相場をちゃんと見ないといけないということが、よくわかりました。
  • 新村

    ポイントとなるのは、いちばん重要なのが景気だということです。OPEC減産やシェール・オイル供給増など、供給面ばかりが取り沙汰されがちですが、消費されなければ原油の生産・供給をする必要はないわけですから。

    これさえ見ておけば相場がわかるという指標は、残念ながら存在しません。繰り返しになりますが、株価が上がってるのに原油が下がってるのはなぜだろうというように、様々な商品をクロスしてみることが大事です。

    こういう視点をもつことで、株や為替に投資する人にとっても、有益な情報になると嬉しいです。

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