プロを訪ねて三千里【第17回】井出真吾氏
日本株は緩やかに上昇
東京五輪の前後に3万円へ

株式相場の先行きに対する不透明感が台頭しています。日経平均株価は1月に2万4000円台まで上昇しましたが、2月の取引時間中には一時、2万1000円を割り込むなど波乱の展開となっています。日本企業の業績好調が伝えられる中での下落とあって、首を傾げる個人投資家も少なくありません。

テレビなどでのわかりやすい解説でおなじみの井出真吾・ニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジストに株価急落の背景や今後の行方などを聞きました。

井出真吾(いで・しんご)氏 プロフィール

ニッセイ基礎研究所
金融研究部 チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任

神奈川県出身。東京工業大学卒業後、日本生命保険相互会社入社。1999年にニッセイ基礎研究所、2007年より現職。研究・専門分野は株式市場・株式投資。日本証券アナリスト協会検定会員、日本ファイナンス学会会員。著書に『人気ストラテジスト直伝−本音の株式投資(日本経済新聞出版社)』。

日本株下落は米国株安のとばっちりにすぎない

イメージカット1

  • 尾河2月に入って株価が大幅に値下がりしました。米国景気が堅調に推移し、これまで「適温相場」などと言われていたのに、ここへきてなぜ急落したのか理由がよくわからない、といった声も聞きます。
  • 井出

    米国と日本では状況が異なります。米国はミニバブルがはじけたもの。

    「金利上昇が原因」というのはわかりやすい説明です。借り入れの調達コストが膨らんで企業の収益を圧迫。個人ベースでも自動車・住宅ローンの負担が膨らむと言われれば納得するでしょう。

    ただ、実際には米国株に資金を振り向けていた多くの投資家がいずれかのタイミングで逃げたいと考えていたのではないでしょうか。きっかけはなんでもよかったのです。

    日本株は米国株安のとばっちりを受けただけです。米国株相場は過熱していましたが、日本株はまったく過熱していません。むしろ、「身の丈に合った」状態です。

  • 尾河個人投資家にとっては、為替相場の値動きも気になります。2012年のアベノミクス相場スタート以降は為替との相関が高まっていました。ドル円相場が円安ドル高に振れれば株価が値上がり。ところが、こうした状況が最近変わってきました。
  • 井出その理由は大きく二つあると思います。一つは世界景気の好調を背景に輸出の数量が増大し、円安でなくても業績が伸びていることです。もう一つは日本企業が為替変動の影響を受けにくいビジネスモデルの構築に成功したこと。現地生産を増やしたり、仕入れと販売のバランスを変えたりすることに傾注しました。ソニーなどはいい例です。
  • 尾河確かに財務戦略上、多くの企業が海外生産比率を引き上げました。
  • 井出

    おそらく人件費を減らすことだけが狙いではないでしょう。為替相場いかんで業績がぶれてしまう収益構造を常に変えようという努力の表れでもあります。

    最近は株価と為替だけでなく、EPS(1株当たり利益)と為替の連動も薄らいできました。13年から15年にかけては円安が株価の上昇をもたらした感が強い。ところが、16年に入ると、状況が変わりました。米トランプ大統領誕生などを受けて円を売る動きが活発化しましたが、EPSにはほとんど変化がみられなかった。これに対して、17年は為替相場の変動が小幅にとどまったにもかかわらず、EPSが急上昇しました。世界景気が好調なうえ、企業の収益も為替変動の影響を受けにくくなったからです。

イメージカット2

  • 尾河日計り商いを好む個人投資家は為替の動きをチェックする必要がありますが、中長期スタンスならばさほど気にしなくていいのでしょうか。
  • 井出それはないでしょう。全体でみれば、ソニーのようなケースは少数。円安はやはり、輸出企業の業績にプラスです。
  • 尾河円安になったら儲かるという構造は変わらないが、業績と為替の相関はやや薄らいだと。
  • 井出そうですね。現在の業績は好景気によって支えられている面がありますが、景気が後退局面に入るようだと、円高に伴って業績が悪化する可能性もあります。

2020年には「実力」で3万円乗せ

イメージカット3

  • 尾河今後の日本株の見通しを聞かせてください。
  • 井出

    基本的には緩やかに上昇するシナリオを想定しています。日経平均株価の18年末予想は2万5000円。その後は年間、2000円ないし2500円幅で上昇し、20年の東京五輪・パラリンピック開催の前後には3万円に到達するでしょう。

    3万円といってもバブル期とは異なります。当時は「背伸び」していましたが、今回は「実力」で上昇していく。1989年末には4万円近くまで値上がりしましたが、PER(株価収益率)から見ると、実力は1万円ぐらいにすぎなかった。

  • 尾河まさにバブルだったのですね。
  • 井出

    その通り。だからこそ、バブル高値後は急落を演じたのです。その後は業績が回復しても、株価が値下がりすることの繰り返し。まだまだ「背伸び」していたためです。

    しかし、今の株価水準は「身の丈に合った」状態。となると、業績が良くなれば株価も上昇する。米国株が過去30年間、たどってきたのと同じ道をたどるでしょう。教科書通りの相場になるはずです。

    近年の日本株は「身の丈に合った」状態

    図:米国(S&P500)図:日経平均株価

    どちらも赤いラインは実際の株価指数の動き、グリーンのラインは12ヶ月先予想PERが14倍〜16倍の水準。

    過去、日経平均はバブル期にPER約50倍まで買い進まれるなど割高な水準にありましたが、近年は概ね米国とほぼ同水準で推移しています。

    ※データ提供: ニッセイ基礎研究所

  • 尾河気になるのは米国景気です。19年から20年にかけて後退局面に陥るとの見方もあります。
  • 井出

    つれてEPSが下落すれば、日本株もいったん調整場面を迎えるのは避けられないでしょう。リーマンショック時に株価が値下がりしたのも、実は業績が悪くなったから。米国景気が腰折れするようだと業績が悪化して株が売られるのはやむを得ません。20年の3万円回復はあくまでも、米国を始め世界の景気が腰折れしないことを前提としたものです。

    もっとも、現時点では世界景気を腰折れさせるリスク要因が見当たりません。しかも、過去の例を見ると、米国が景気後退局面入りしても脱出は早い。1〜2年で後退期を抜け出ています。

  • 尾河米国景気の緩やかな拡大が続くという前提に立てば、日本株はバブルの状態にもないことから実力で3万円まで上昇してもおかしくはないと。

イメージカット4

  • 井出

    「日経平均が26年ぶりに2万4000円回復」などと聞くと、それだけで怖くなって売ってしまう投資家も少なくないでしょう。特にシニア層は慎重。これまで幾度も苦汁を味わってきたからです。

    しかし、これからの相場は違います。企業も業績を良くするための努力をしている。長い目で見れば、日本株が上昇するのも当たり前です。

  • 尾河これまでは業績が良くなっても株価上昇にはつながらなかった。それは身の丈に合わない状態が続いていたため。でも、もう心配はいらない。企業が努力して収益を上げるのだから、株式相場も基本的には右肩上がりというわけですね。
  • 井出そうですね。短期的には逆張りで臨むのがいいと思いますが、長期的には順張りがいい。株の下落にはなんらかの理由があります。最近の相場のように米国株のとばっちりで値下がりしたのならば、戻りも早い。逆に、リーマンショック後のように景気後退に伴う業績悪化が主因であれば、短期的にはうかつに手を出さないほうがいい。
  • 尾河米国景気の拡大はかなり長期化しており、2年前には「2017年の終わりぐらいに後退期へ突入するのではないか」との指摘が多く聞かれました。
  • 井出私もそう言っていました(汗)
  • 尾河緩やかな景気拡大はしばらく続くのでしょうか。
  • 井出今の段階ではそう見るべきでしょう。過熱感がありませんよね。
  • 尾河インフレにはなっていないので、各国の中央銀行が慌てて引き締める必要はないと。
  • 井出はい。それにGDP成長率は低位での安定が長期化しています。成長の期間は長くても水準自体は低く、ピークアウトするタイミングではありません。でも、皆がこのように思っているときが一番危ないのですが(笑)
  • 尾河「もうはまだなり、まだはもうなり」という相場格言もありますね(笑)
  • 井出相場格言に従えば、2018年は「戌笑う」となりますが、海外は干支など関係ないですよね(笑)

日銀のETF購入は「栄養ドリンク」のようなもの

  • 尾河日銀によるETFの購入が続いていますが、今後は減らす方向にあるのでしょうか。
  • 井出2018年中の政策変更はないでしょう。早ければ2019年のいずれかのタイミングで政府がデフレ脱却宣言をし、黒田総裁はその後に「自分の役目は終わった」として退任。金融政策の正常化へ向けて次の総裁がバトンを引き継ぐと見ています。

イメージカット5

  • 尾河その段階で、ETFの購入額を減らしたりすると。
  • 井出そうそう。
  • 尾河でも、さらに一歩踏み込んでETFの残高を減らすことになったとしても、マーケットで直接売却するのは難しいでしょうね。
  • 井出

    今の時点では考えていないでしょうが、いくつか選択肢はあると思います。たとえば、自社株買いとセットにするやり方。ETFをばらし、企業が自社株を買い取る。税制優遇措置を講じれば、いくつかの企業が買い取りに応じるでしょうが、問題は買い取られないまま残った株の処理。言葉は悪いが「ボロ株」ですよね。

    もう一つは、国民に割安で配るという方法。98年に香港で前例があります。アジア通貨危機の直後でヘッジファンドが香港ドルと香港株を売り叩いたのに対して、香港行政府が敢然と買い向かった。行政府は購入した株式をETFにパッケージし直し、5%程度ディスカウントした価格で国民に配りました。

    日銀のETFの含み益は現在、35%ぐらいに達しています。つまり、時価の3割引きで配ることができる計算。ただし、3年間は売却できないなどの条件を付ける必要はあるでしょう。香港の場合、1年間売らなかった人にはもうひと口、差し上げますといったボーナス付けました。

    日銀もそれをやったらいい。これ、結構まじめに提案しているんですよ。「今までゼロ金利にお付き合いいただき、ありがとうございました。おかげさまでデフレから脱却しました」と(笑)。これをやったら国民も「許してやるか」となるはずです。

  • 尾河日銀への批判も和らぐということですね。
  • 井出はい。日銀のETF購入も本来、国民のおカネを元手にしているようなものです。
  • 尾河だから、批判も多いですね。「株価が上昇しているのになぜ、買っているの」と。
  • 井出日銀は、ETFの購入をやめる、あるいは減らすというアナウンスをしたときの市場の反応が読めなくて怖いのかもしれません。年間約80兆円という国債の購入枠についても縮小の話があったらしいのですが、今では「減らさなくてよかった」と胸をなで下ろしていると聞きます。

イメージカット6

  • 尾河ここまでやってしまうと、出口戦略は難しくなります。
  • 井出

    数年後にはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の保有額を上回り、世界一の日本株投資家になってしまいます。このままだと、大げさな言い方かもしれないが株価次第で円の信認が揺らぐことになりかねません。中央銀行がリスク資産を大量に保有しているのは好ましくない。

    ETF購入は「栄養ドリンク」のようなもの(笑)。たまに飲むから効くのであって、毎日、朝昼晩と3回飲んでいては効かなくなってしまう。

  • 尾河

    米FRB(連邦準備理事会)が日銀と違うのは、大規模な金融緩和に踏み切ったときから出口戦略の議論をしていたということ。このため、「いつかは来るだろう」との警戒感がマーケットにありました。それでも、2013年には「バーナンキショック(金融緩和の縮小に言及したことによる市場金利の急上昇、いわゆるテーパー・タントラム)」に見舞われたのですが…。

    一方、日銀はまったく出口の話をしていなかったので、今になって大変なことになってしまった。

  • 井出「出口の話をするのはご法度」といった雰囲気がありましたよね。だからこそ、われわれ市場関係者がいろいろと言い続けなければならないのだと思います。
  • 尾河1月の円高には驚かされました。これで日銀も2018年は動くことができないなと。これまでは10月に10年国債金利の目標を上げるなどしてジワジワと出口に向かうこともありえると見ていましたが、このように市場が過度に反応してしまうと下手に動くことができない。
  • 井出少なくとも消費税の10%への引き上げを決定するまでは動けないでしょう。来年4月には天皇退位も控えています。安倍首相の自民党総裁3選の絡みもある。そのようなときにマーケットを大混乱させるのは、政府にとっても得策でない。それらを踏まえれば、「現状維持」でしょう。

「見て見ぬふりをする」のが失敗しないコツ

  • 尾河昨年9月以降の日本株上昇で、新たに株式投資を始めようという人も増えてきました。失敗しないコツはありますか。
  • 井出

    「見て見ぬふり」をすることです。短期的には上げ下げを繰り返すのが相場。長い目で見れば上がっていくのだから無視すればいいだけです。初心者だと初めのうちは保有株の値動きが気になって仕方がないでしょう。その結果、仕事が手に付かなくなったり、家庭のことが疎かになってしまったりする。そこで、おすすめしたいのは「積み立て」です。給与天引きの積み立てが一番いいでしょう。

    ただ、かつてのような「10年で2倍、年率換算すれば7%上昇」といった急騰劇の再現は期待できません。年率5%ぐらいで増えるのをイメージすればいいでしょう。

  • 尾河個人投資家向けセミナーの質疑応答で、井出さん自身の投資スタンスについて聞かれることはありますか。
  • 井出

    ありますね。ただ、株式投資には仕事上、制約があります。個別株はダメですが、ETF(株価指数連動型上場投資信託)などは大丈夫。だから、「日経平均レバレッジETF」などに数万円程度の資金を振り向けています。投資を通じて相場観を養うのが狙いです。

    「今は買いどきだ」といった趣旨のレポートを書いたときに、「じゃあ、おまえは買ったんだろうな」などと言われることもある。そのときに「もちろん買いましたよ」と言うこともできます。金額はナイショですけどね(笑)

    会社の確定拠出年金も、今はすべて株式で運用しています。少し前までは現金にしていましたが、そのうちに株価がドンドン上がってしまい「チクショー」と思っていたら下落。すかさず、すべての現金を株式の購入へ回しました。

イメージカット7

  • 尾河米国株と日本株ならば、どちらへの投資を奨めますか。
  • 井出難しいなぁ・・・。
  • 尾河振り返ってみると、米国株はしばらくの間、右肩上がりですね。
  • 井出

    過去30年では年率8%で上昇しています。ただ、これからは日本株と大差がなくなるでしょう。なぜならば、日米企業間でビジネスをしている場所が変わらないからです。多くの日本企業が米国で稼いでいます。しかし、資本効率を高めるという点では米国のほうが一枚上手。企業価値を高める経営という観点で見ると、米国に軍配が上がるでしょう。

  •  

    投資に際しては、為替変動の影響が気になるのであれば日本株と米国株の組み入れを半々にするといった対応がいいかもしれません。もう少し手堅くというのであれば、豪州や米国の債券を組み合わせると、それらがショックアブソーバーとして機能するでしょう。

    若い人にも最近、株式投資への関心が広がっているのはいいことです。個人型確定拠出年金の「iDeCo(イデコ)」や積み立てNISA(少額投資非課税制度)などの登場には、国からのメッセージがこめられています。「今までのように国民年金を払うことはできないので、自分で積み立ててくださいね。積み立ててくれた人には税制面で優遇しますよ」と。ならば、使わない手はない。

余裕があれば短期資金で「遊ぶ」のも大事

  • 尾河でも、投資には「怖い」というイメージがありますね。
  • 井出特に日本ではそうでしょう。自分も子どものころには親から「人前でおカネの話はするな」と言われていました。実際にそういう体験を持つ人は多いと思います。
  • 尾河NISAがスタートしたころには、金融庁のアンケート調査でも、「投資が怖い」という理由でおカネを振り向けない若者が多かった。おカネがないという人もいました。

イメージカット8

  • 井出おカネがないうえ、将来不安も強いので投資に回す余裕がないのでしょうね。
  • 尾河成功体験があれば、少額でもやっておこうとなるのでしょうが・・・。
  • 井出たとえ成功体験がなくても、取り組まなければ将来、苦労することになります。
  • 尾河将来に備えて投資をしておいたほうがいいと。
  • 井出「投資」ではなく「資産形成」と表現したほうがいいかもしれませんね。「投資」というだけでアレルギー反応を起こす人もいます。
  • 尾河最後に、ほかにも個人投資家に伝えたいことがあれば聞かせて下さい。
  • 井出

    「長期」「分散」「積み立て」だけではつまらないという人は短期の商品で遊んだらいいと思います。お小遣い程度の額で、半額になってもいいやという範囲で。レバレッジ型のETFやFX(外国為替証拠金取引)など短期的に値動きの大きな金融商品を売ったり買ったりするのも一つのやり方です。

    そうすれば、新聞やテレビへの接し方も変わると思います。アンテナを張る方向も変化する。それは日本人の底力を上げることにもつながるはずです。日本の学校では現在、金融教育が熱心に行われていません。「金利って何?」と聞いても、まともに答えられる高校生はほとんどいないでしょう。これからは金融経済についても教えないと、ライバルに負けてしまいます。

    タイミングの分散も大事。一度に大量の額を投じて購入しないことです。資産形成に取り組むのであれば、長期の分散投資とのセットが望ましい。長期でじっくりと腰を据えつつ、短期では遊ぶというスタイルです。

イメージカット9