プロを訪ねて三千里【第1回】豊島逸夫氏 円資産のみではリスク。プロもうらやむ個人投資家の「武器」とは?

為替アナリスト・尾河眞樹が毎回さまざまなジャンルのエキスパートをお招きする対談企画がスタート!
記念すべき第1回目のゲストは豊島&アソシエイツの代表、豊島逸夫氏です。

世界経済の先行きが不透明な中、日本では超低金利が長期化しています。こうした環境下だからこそ、円だけに偏った資産運用にはリスクがあると、豊島氏は話します。個人投資家は、プロからうらやましがられる「武器」があることを知った上で、投資の第一歩を踏み出すことが重要だと指摘しています。

豊島逸夫(としま・いつお)氏 プロフィール

豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経電子版マーケット面コラム「豊島逸夫の金のつぶやき」、日経ヴェリタス「逸’s OK!」と日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層心理」を連載。

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対談日:2016年9月15日

「円は安全」の誤解

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  • 尾河豊島さんは、日本を縦断しながら親子向けの金融セミナーを開催していらっしゃるのですよね。
  • 豊島参加した人たちから個人の運用について質問されることが多いので、「半分はドルです」と答えると、みなさんびっくりします。
  • 尾河確かに、日本の家計資産残高約1,700兆円のうち、外貨建て資産は2-3%程度しかありません。円への信頼が厚いのでしょう。円なら安心だと。
  • 豊島しかし、運用のプロから見ると、円だけの方がよほどリスクが高いのです。例えば、ルーレットを考えてみてください。ドル・ユーロ・人民元・円と、賭けの選択肢があるのに、全てのチップを円の一箇所に賭けるようなものです。

投資は「かけ湯」から始めよう

  • 尾河為替へのアレルギーがどうしてもぬぐえないという人は珍しくありません。例えば、将来もしとんでもない円高だったらどうしよう、というように。
  • 豊島投資は、リスクをとることです。闇雲にドンと投資せず、少しずつ積み立てから始めることが大事です。お風呂でも、いきなり熱いお湯に浸からず、かけ湯をしますよね。同じです。なにしろ相場は、ホットなものです。
  • 尾河たとえ少額でも、一歩踏み出すことが大事ということですか。
  • 豊島

    まず1万円分、ドルとユーロを持ってみるといいでしょう。友人との飲み会で使うお金を1回分、投資に回してみるのです。わずか数万円でも、意識は確実に変わります。それまでテレビはワイドショーぐらいしかみなかった人も、国際ニュースを見始めます。国際的な感覚が養われていきます。

    半年も続ければ、自然に相場観めいたものが身につきます。それから本格的な投資を始めても遅くないでしょう。特に若い人が10-20年も続ければ、投資で得た知識や経験が仕事などの実生活でも役に立つ「資産」になります。

個人投資家の強みは「時間」

  • 尾河本格的な投資に臨むには、情報力が重要ですね。
  • 豊島

    情報はいくらでも転がっています。重要なのは、受け手の情報選択能力です。例えば、新聞でも、電子版ではいろいろな記事の見出しがほぼ同じ扱いで並んでいますが、従来の紙面では、見出しや記事スペースの大きさが異なります。新聞社がどの記事をどの程度、重視しているかがひと目でわかるのです。

    クリック数が必ずしも、情報の重要性と比例していない面もあります。ネット向け記事では、アクセス数が多い方がいい。このため、さして重要でなくても、旬なキーワードを見出しに盛り込みがちです。クリック数が少ない地味な見出しでも、実は重要という記事はいっぱいあります。インターネットの広告にも、注意が必要でしょう。外貨投資や資産運用を掲げる怪しげな企業が、名のある銀行や金融業者と同列に掲載されていたりします。ネット依存度が高まるほど、情報を得る側も相応の心構えや最低限の知識が必要になるのです。

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  • 尾河個人投資家からは、所詮、プロには情報力でかなわないという声を耳にします。実際にプロの現場では、どのように情報を収集するのでしょうか。
  • 豊島確かに私の情報収集の手法も、多くの人の参考になるとはいいにくいです。かつて働いていたスイスの銀行の仲間たちが今、世界中に散っています。ソーシャルネットワークサービス(SNS)でつながっていて、彼らと常に最新の情報を共有しています。
  • 尾河万人向けではありませんね。
  • 豊島でも、個人投資家には、プロもうらやむ「武器」があるのですよ。銀行勤めで一番悔しかったのは、3ヶ月ごとの決算があったことです。相場の流れから判断すれば、あと数週間で利益が出るというときでも、期末がきてしまう。
  • 尾河制度上、強制的に損失扱いになってしまう訳ですね。
  • 豊島個人投資家には、時間の制約がありません。プロが慌てふためいている時に、ドル資産をじっくり買っていくこともできるのです。

年内は円高、来年は円安

  • 尾河今年は特に難しい相場でした。先行きのポイントは何でしょうか。
  • 豊島

    これほど多くのプロが予想を外した年は珍しいですね。為替では円安予想もありましたが、年初からいきなり円高でした。

    先行きのドル/円は、10-12月を95-100円の円高、年明け1-3月は100-113円の円安と予想しています。米国は年内、まともに利上げできないでしょう。まず米経済に楽観的になれません。強い雇用統計がある一方、弱いISM指数もあるなど、経済指標の強弱にムラがあります。

    市場が非常にボラタイルになりやすいことも、当局が利上げを決断しにくくしています。市場とのコミュニケーションが上手くいっていないなどと金融当局が批判されがちですが、ウォール街では、利上げを知らない世代のディーラーが圧倒的に多くなって、利上げへのアレルギーが根強いことも背景にあるでしょう。

    イエレンFRB議長のパーソナリティも、なかなか利上げできない要因のひとつ。雇用統計やインフレ率など重要指標の全てが青信号でないと決められないようですね。しかし、それではいつまでも利上げできません。極めて優秀なエコノミストですが、最終的には経営者的な判断が必要です。

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  • 尾河来年は、その地合いが変わるということですね。
  • 豊島

    米国はほぼ完全雇用です。来年以降は、かなり良くなってくるでしょう。FRBは後手に回り、慌てて2回程度、利上げする、といったシナリオを想定しています。

    年内の円高進行で日経平均株価は1万3,000円程度に下落するかもしれません。アベノミクスは失敗したと思います。日銀は手を尽くしましたが、政府の構造改革は全くめどが立っていません。日本株取引の6-7割を占める外国人投資家からは、日本株へのかつてのような熱気は感じられません。

    もっとも、来年はドル高/円安を受けて株価は急反転するでしょう。日本発ではなく、米国が利上げするおかげです。

  • 尾河個人投資家はどう振る舞えばいいでしょうか。
  • 豊島円高のうちに外貨建ての資産を増やしてはどうでしょうか。今は円高ですが、米国が本格的に利上げを始めれば風景は変わります。トレーダーと違って個人投資家は、子どもや住宅ローンのことを考え、10-20年先を見据えた運用スタイルでしょう。世の中が円高だと騒いでいる今だからこそ、個人投資家の最大の武器である「時間」を生かし、外貨建て投資を増やすチャンスだと思います。

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