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第2部講演:「トルコ株式オープン(愛称:メルハバ)」のご紹介
講師
トルコ共和国大使館 ボアチ・ウリケル氏
1.トルコの魅力について
<トルコ共和国大使館 ボアチ・ウリケル氏>

トルコの歴史と現在

ムスタファ・ケマル・パシャ
トルコ民族の歴史は中央アジアにあり、ユーラシアに広がって移動しながら様々な帝国(ペルシア帝国、ローマ帝国、ビザンティン帝国、セルジューク帝国、オスマン帝国など)をつくってきた、基本的にはアジア系の騎馬民族です。トルコ共和国の前身はオスマン帝国(オスマントルコ)で、アナトリア半島を中心にコーカサス、バルカン、北アフリカ、中東に広がった、13世紀から20世紀前半まで600年以上続いた大きな帝国です。
トルコ共和国はオスマン帝国が崩壊した後、1923年、第一次世界大戦後に独立戦争があり、ムスタファ・ケマルというリーダーのもとで独立した国です。ムスタファ・ケマルは様々な分野で改革を行いました。そのひとつがトルコ文字改革で、オスマン帝国ではアラブ文字を使っていましたが、共和国になって以降はローマ語になりました。政教分離、女性の選挙権などの改革も行い、現在は80年に渡って欧州との関係改善に努めてきました。
世界地図で見ると、トルコ共和国は中東、バルカン半島、コーカサス、北アフリカの真ん中辺りにあり、色々な文明、文化が歴史上も、現在も融合している地域です。東側にアジア、西側に欧州という位置にあります。
戦略的な地理にあったおかげもあり、トルコは1952年から北大西洋条約機構(NATO)のメンバーとなっています。NATOは欧州を守るための機構であり、トルコはNATOのメンバーとして役割を果たしてきたことで、欧州との関係にも繋がっているといえます。そして2004年10月から、EU加盟交渉を開始しました。
トルコと日本の友好関係
日本に初めてトルコのことを文面で伝えたのは新井白石の『西洋紀聞』で、オスマン帝国がトルコと書かれています。両国の関係は明治維新のあとに活発化します。オスマンの軍艦エルトゥールル号が1890年に日本からの帰路、台風に遭って和歌山沖で沈没し、560名が命を落とすという悲劇がありました。生存者たちをトルコに帰す際に大きな貢献をしたことが日本とトルコの友情のもとになっています。

それから約百年が経ち、イラン・イラク戦争中にトルコはイランに旅客機を向かわせ、残された日本人を救出しました。我々からみると、百年前の恩返しのひとつです。
2003年は日本におけるトルコ年で、各地で150以上ものイベントが行なわれました。2010年はトルコにおける日本年になります。
近年はお互いの要人訪問が活発化し、2004年にトルコのエルドアン首相が訪日、2006年1月には小泉首相がトルコを訪問しました。
経済の中心地 イスタンブル

トルコの都市の中で最も有名なのがイスタンブル、西と東、アジアと欧州を結ぶ架け橋です。イスタンブルには1000以上のモスクが存在します。世界中のどこにもこれだけのモスクはありません。トルコ共和国の首都はアンカラですが、誰もが認めざるを得ないのが、経済・文化の首都は今もイスタンブルだということです。
そしてイスタンブルは以前から経済活動が活発で、モスクの背景にビジネスセンターがあります。また、世界最大規模のグランド・バザールがあり、さまざまな商品が売買されています。店舗数6000以上とも言われる店の実際の数は誰も知りません。


