MONEYKitトップ > from MONEYKit > スペシャルインタビュー > 市場を読む 嶋中雄二氏インタビュー
今この長波以外に、小さめの波がいくつかあるわけですね。
次に20年周期の長期循環、ロング・スイングと呼ばれる建設投資循環というのがあります。日本でいえば80年代が上昇局面で、90年代はずっと下降局面にあった。
さらに、設備投資循環があって、これが10年周期で、5年上昇、5年下降なんです。長波から始まって、親亀、小亀、孫亀みたいなものと考えてもらえばいいと思います。ここで私はひとつの発見をしていまして。
どのような発見でしょう。
「前半・後半の法則」といいますが、戦後の日本では、西暦の10年間で前半よりも後半のほうが景気はいい。50年代後半は戦後の復興期で「神武・岩戸景気」があったときで、60年代前半は反動の不況で、山一證券が一度倒産しかかった。
日銀特融があったときですね。
そうそう。それで、これで日本もだめかと思いきや、後半になったらいざなぎ景気というやつがやってきて、なんと57ケ月も続く。高度成長期は「いざなぎ景気」「神武・岩戸景気」に代表されるもので、「神武・岩戸景気」のときにはアメリカからいろんな技術導入があって、「三種の神器」(白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機)に代表される耐久消費財ブームに沸いたけれども、「いざなぎ景気」のときには重厚長大ブームになって、産業構造が高度化しながら、「3C(カー・クーラー・カラーテレビ)ブーム」というのが起こりましたね。
そして70年代を境にまた下降に入っていきます。71年にニクソンショック、73年にはオイルショックが起こって、下降局面が決定的になってしまった。それで、今度こそだめかと思ったら、省エネとかいろんなことをして、76年以降は意外と良かったわけです。そういう時代を経験して、もう大丈夫、日本経済は体質転換したからもう大丈夫だと言っていたら、80年代前半に世界同時不況が起こる。で、その克服には3年くらいかかったところに、追い討ちをかけるように、円高不況が85年にやってきたわけです。
ユーロペシミズムなんて言葉が流行したころですね。
そうです。ところがですね、円高不況で燕市(※)が大変だ、日本経済が沈没すると言っていたら、平成バブル景気が起こりまして、日本経済は強いんだ、債権大国だと、日本経済の勝利に終わったのだという楽観論が、38,915円の株高とともにやってきたわけですね。
- ※1980年代後半の円高不況時、輸出の減少により国内の地場産業が大打撃を受けた。
新潟県の燕市や三条市などの洋食器メーカーもその一つ。
そうすると90年代後半は良くなるはずだったのではないですか。(笑)
そうそう。それで私は「メジャーサイクル」という本を書いて、90年代後半はいい時代だといってしまいました。(笑)ただ、私としてはその根拠を、パソコン、携帯電話、カーナビを「新三種の神器」と名づけて、情報通信革命とも呼ぶべき新しい日本経済の設備投資ブームに求めたのですが、方向性としては正しかったと思います。景気拡大の期間で見ても90年代前半よりは長めでした。ただ、残念だったのは、同時に長期波動や建設投資循環が下降していたので、その回復はたいしたことがないものに終わってしまった。そして、2000年代前半はitバブルの崩壊が号砲を鳴らして、同時多発テロ、イラク戦争、そして、SARSが駄目押しをしてしまったわけです。
駄目押し、ですか。
ええ。こうした出来事は、ひとつの時代を画するものですが、経済が悪くなるときには、こうしたことが次々に起こる傾向があるのではないかと思います。
確かに不思議な感じはしますよね。転換点になぜか戦争とか動乱が起こりますね。90年、91年には湾岸危機・戦争がありました。

そうですね。79年にはイラン革命に端を発して第二次石油危機が起こった。その前の68〜70年には世界的に学生運動があって、その前には、60年安保もあった。そのようなことが起こりやすいと。
- 市場を読む 嶋中雄二氏インタビュー(1)
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